心臓に電気ショックを与えて鼓動を回復させるAED(自動対外式除細動器)の導入が、運輸機関や公共施設などを中心に進んでいる。宿泊業界でも導入する施設が増えつつあるが、まだ少ないのが実情のようだ。「シティホテルやチェーンホテルに比べ、旅館の対応は鈍い」との指摘もある。1台当たり30〜40万円と高く、また使う機会はそう多くないこともあり、必要性を感じていないようだ。しかし、一般企業の中にはAEDをCSR(企業の社会的責任)に活用し、企業イメージ向上や社員の安全確保に努めているところもある。高齢人口が増える中、不測の事態に備えた体制整備は欠かせない。
AEDの普及に熱心なのがKNTの仙台イベントコンベンション支店。今年3月、日本赤十字社の協力を得て、観光サービス業者を対象に救急時対処セミナーを開き、AEDを用いた心肺蘇生法の実技などを行った。同支店は近旅連東北連合会総会でも同様のセミナーを実施した。
メーカーと組んで普及に努めており、「AEDを備える宿泊施設が一軒でも増えてくれれば」と吉田秀政課長。中高年の利用が多い観光業界だけに「救急体制の整備にもっと目を向けてほしい」と強調する。
ホテル安比グランドを運営する岩手ホテル&リゾートは昨年8月からAEDを導入し、現在、ホテルや安比高原スキー場など4カ所に設置している。「導入時に社員教育を行い、以降定期的に講習の機会を設けている」(広報宣伝部)。
和歌山県の南紀勝浦温泉旅館組合は加盟施設にAED導入を呼びかけ、ほとんどの施設が応じたという。05年、宿泊客が意識を失い死亡する事故があり「AEDがあれば助かったのではないか」と言われたのがきっかけだ。
天龍寺(京都市)に先月、AEDを搭載した清涼飲料水の自動販売機が登場した。今年の大型連休中、境内の階段で70代の男性が倒れ、救急車のAEDで命をとりとめるというケースがあり、観光客の万一の事態に備えることにした。AEDは自販機の中央部ポケットに収納されており、誰でも扉を開けて使える。
AEDを備えたこうした自販機は徐々に増えており、福知山市夜久野高原にある「やくの温泉」にも今春設置された。
心筋梗塞などで心肺停止状態になった人が、何らかの措置を施して蘇生するのは救急車が来るまでの4〜5分といわれる。救急隊員が措置を始めるまでの時間別生存率(1カ月後)は発見から3分以内なら11%、10分以上は4.5%にまで下がるという消防庁のデータもある。
AEDの国内シェアトップを誇るフクダ電子。現在、ハートスタートFR2と同HS1の2機種を販売している。FR2は音声に加え、ディスプレーに漢字、ひらがな、カタカナで操作指示が表示されるので、周辺が騒がしい場所でも使用できる。HS1は心肺蘇生法のコーチング機能がついている。価格は1台あたり30〜40万円。
ACLS事業部の杉谷雅史部長はAEDの普及状況を新聞報道に例え、「初期段階は設置に関する報道が多かったが、今ではAEDでの蘇生に関する報道(中期)が中心になっている。将来は使うべき時にAEDがなかった、使えなかったという報道になるだろう」と見る。そうなった場合、企業の社会的責任が問われかねない事態も起きそうだ。
AEDは公共施設を中心に普及が進み、全国で7万台以上が設置されているといわれる。「宿泊施設についてはシティホテルや全国展開のチェーンホテルで導入されているが、旅館はまだ少ないようだ。高齢者も多く泊まる旅館こそ、もっとAEDに関心を持つべきだ」と杉谷部長はアドバイスする。