【ちょっと よろしいですか 115】雇用のうまさと離職を前向きに捉える宿の事例 山崎まゆみ


 前回の本連載では、跡見学園女子大学「観光温泉学」履修生221人に聞いた「観光業界で働く印象」についてつづりました。

 今回は雇用に困らず、社員の離職を前向きに捉えている宿の事例をご紹介します。

 ある年は新卒採用に300人がエントリーし、50人を面接した中から大卒3人を採用したという群馬県伊香保温泉ホテル松本楼です。

 社員研修に力を入れていて、「旅館甲子園」では常連ですから、ホテル松本楼の躍進をご存じの方も多いでしょう。

 松本社長ご夫妻は、コロナまん延中も国や地方自治体のさまざまな補助金を活用していました。松本社長に、「なぜ、苦しい時に投資をするのか?」と尋ねると「苦しい時だからこそ、社員に未来を見せてあげたい」と返事をされたのが脳裏に焼き付いています。

 そうした発想が興味深く、常日ごろ話を伺っていますが、例えば社員から信頼されるための大きなヒントを女将の由起さんが教えてくれました。

 「選挙に例えてみると、私たち経営者は立候補者で、社員は私たちの後援会です。お客さまに『投票』していただけるように、まずは後援会を固めるというのが私の考え方です」。

 社員に旅館の支持者になってもらう。その支持をお客へと波及させていく。旅館は究極のファンビジネスであることを心得ているのです。

 社員研修では経営者感覚を養う「マネジメントゲーム」をプレイしています。

 モノポリーのようなボードを使い、自己資本から投資先を決め、利益を出す実戦さながらのゲームで、気付きと課題認識する力が身に付きます。

 「前は仕事を抱えてしまう子もいましたが、今は困った時に速やかにSOSを出せるようになり、手が空いている社員がサポートできるようになりました。自分の仕事を終えたら困っている人はいないかを確認したり、助け合いの精神が生まれました」。

 現在は採用試験にも「マネジメントゲーム」で、人の資質を見極めているそうです。

 そして入社前に、必ず家族と一緒にホテル松本楼に宿泊してもらう。入社前から、家族の理解を得るわけです。

 コロナで休業を余儀なくされた約2カ月間も、社員全員を対象に「松本楼学校」を開校。給料は全額支給し、週5日間、9時から18時まで、接遇の基本から伊香保の歴史、SDGsについてみっちりと学んだそうです。

 その結果、「子供用のランチを完食するとプレゼントを用意」「残った野菜をスムージーにして朝食の名物に」「お客さんへハーフポーションの提供などで残食を減らす」など、SDGsを意識した多くの施策が提案されました。

 働き方については、資格や研修認定制度の確立、また休暇制度を見直したそうです。

「経理を担当していた子が、税理士になりたいと言うので、うちの税理士さんを紹介しました。うちは社員の夢を応援していますから、離職を前向きに捉えて送り出します。だから戻ってきてくれるんです」とうれしそうな由起女将。

 実は先日の跡見学園女子大学での「観光温泉学」のゲストスピーカーが由起女将でした。最後に、学生さんに、「就職はお金を稼ぐことより、どんな人と出会うか。うちも採用を本気で行い、社員の幸せを応援する会社にし、人間にしかできない仕事をしていく」と力強い言葉に、学生さんたちも大いに共感していました。

 この日、由起さんは「うちも今年の採用は厳しいですが、スタッフの子たちが、兄弟や、ご主人や奥さんを『一緒に働かせて下さい』と、家族で働きたいと言ってくれるんです」と、経営者と社員の相思相愛ぶりを話してくれました。

(温泉エッセイスト)

 
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