本紙でも紹介された「グリーンスローモビリティ~小さな低速電動自動車が公共交通と地域を変える~」(三重野真代・交通エコロジー・モビリティ財団編著)を拝読しました。著者である、現東京大学公共政策大学院交通・観光政策研究ユニット特任准教授の三重野さんとのご縁からです。
グリーンスローモビリティ、愛称「グリスロ」は分かりやすく言えば、“公道を走ることができるゴルフ場のカート”のようなもの。正しい定義は「時速20キロ未満で、公道を走ることができる4人乗り以上の電動パブリックモビリティ」で、日本語で表記すれば「電動低速車両」です。カート型の他にバス型もあります。
電動モビリティですので、ガソリン車とは異なり、脱炭素で地球に優しく、静かで匂いがないため、住宅街でも走行しやすいというメリットがあります。
三重野さんは、“茶源郷”と呼ばれる宇治茶の生産地・京都府和束町で、最初に乗った時の感動が大きかったと記しています。急斜面に点在する茶畑に“グリスロ”がどんどん入っていき、受ける風が爽快で、胸が高鳴ったそうです。
これまではモビリティについて「自分が運転して自分の好きな場所に行く」ことが最重要の価値とされがちでした。
しかし三重野さんは運転が苦手だったことから、「誰かに運転してもらえて、お喋りができる、楽しい公共交通モビリティ」へと発想を転換しました。そうすれば公共交通の最大の顧客である「おばあちゃまたちのニーズ」に応えられると考えたのです。
この本では各地域での取り組みのパートを、現地の担当者が書かれており、試行錯誤の臨場感が伝わってきます。
“グリスロ”の最初の取り組みの一つは、2010年から活用され始めた輪島でのことです。高齢者の買い物に使えるのではないか、という住民福祉の観点、そして地元経済活性化につなげるための次世代交通として位置づけられました。
ハワイアンモビリティが走る福島県いわき市もやはり地域全体の活性化に向けて、回遊性を高める仕組みづくりが課題になっていました。そこで“グリスロ”を平日は地域住民の利用を想定したデマンド運行、土日祝日は周遊観光も想定した定時定路線型の巡回運行と切り分けました。また地域の利用者の声を大切にし、乗降ポイントを増やすなどして、成功したのだそうです。
他にも具体的事例が多数掲載されていて、“グリスロ”が定着するまでの苦労がよく分かります。
可愛らしくラッピングされた低速の“グリスロ”が走っていればSNSに投稿されるでしょうから、まさに町の顔。開放的なカート型は風を受けやすいので、土地の匂いが感じられ、旅情を醸し出してくれます。バス型は地域の足として高齢者の生活を助けてくれるでしょう。
「無機質な車ではありません。理想があればあるだけ、その実現像が投影されます」という文章を受けて、私も想像をめぐらせてみました。
例えば、栃木県の塩原地区は多数の泉質を体験することができる希少な温泉地。ただ歩くには距離があり、バスを使うと待ち時間がかかる。車がなければ湯めぐりしにくい地域に、ぜひ「湯めぐり号」として走らせてほしい。塩原が最も美しく色づく紅葉の時期に、箒川沿いを“グリスロ”が走る姿は絵になるはずです。
さらに希望を言えば、旅館オーナーや女将が同乗して、街並みや歴史背景を解説してくれたらもっとうれしい。かつて旅館では、囲炉裏(いろり)端を宿のオーナーとお客さんが囲んで夜な夜な語り、宿とお客さんの絆を育んでいきました。そんな囲炉裏の役割を“グリスロ”が担えるのかもしれません。
(温泉エッセイスト)