観光地や温泉地の皆さんから、とかく「若い女性に来てほしい」といった新たなマーケットを求める声をよく聞きます。実は、その思考はどこも同じです。
若い女性が来てくれたら場も華やぎますし、彼氏も連れてきてくれるかもしれません。今後、彼女らが家庭を持ち、子育て中には家族旅行としてさらに多くのお客さんを連れて来る可能性もあるでしょう。決して、狙いは悪くはない。しかし似たようなマーケットを狙うライバルが実に多いこともお考え下さい。何より、若い女性を呼ぶための策を練る会議のメンバーに、ターゲットとなる若い女性は入っているでしょうか。本当のニーズは、当人たちにしか分かりません。
新たなマーケットも大切ですが、いま来て下さっているお客さんが、「また来たい」と思ってもらえることの方が重要ではないでしょうか。
現在来ているお客さんが継続的な顧客にならない温泉地や旅館に、新たなお客さんが付く可能性は低いような気がします。
では、現在のお客さんの心をつかみ、再訪してもらうコツとは…。
それは温泉地や旅館の「人」にお客を付ける、すなわちファンになってもらうということです。
その「人」とは、一般的には旅館のオーナーや女将がほとんどです。
でも、見方を変えれば、宿のスタッフにもお客が付き、そのようなスタッフが多くなれば、リピーターとなるお客さんの数が増えるのは明白です。
そこで、とある旅館で見かけたスタッフとお客さんの交流術を記します。
まず館内では実名ではなく、仕事名で呼び合う。それが仕事モードへの気持ちの切り替えスイッチになります。もし前日に嫌なことがあって暗い表情をしたスタッフを見かけると、女将は「女優(俳優)になりなさい」と言うそうです。仕事名を名乗らせるのは、もう一つ理由があって、本名を使うとスタッフのプライバシーを保てず、危険にさらしてしまうリスクを避けるためです。
そうやって安全性を担保した上で、「スタッフ全員が営業部員」を宿の理念に掲げ、スタッフ全員に仕事名の名刺を持たせています。名刺の裏には、誕生日や趣味、好きな食べ物、休日の過ごし方など、目にすれば話題が広がるタネを明記。さらに何パターンもの名刺を持たせるそうです。お客さんの中には気に入ったスタッフの全ての名刺を集める人もいるそうです。
こうして、お客さんとの会話が多くなれば、自然と顧客情報も集まります。その情報は宿の顧客ファイルに加え、きめ細やかなサービスにつなげていきます。
この他にもスタッフとお客さんとの交流術をもう一つ。
とある旅館の若旦那が修業していた宿でやっていたこと。そこは10室の小規模で高価格帯の宿。部屋に付いたスタッフは、翌日の朝食時にはがきを用意する。そのはがきには、お客さんとの交流や「また来てほしい」という言葉を直筆で添えて手渡すそうです。
確かに、そんな自筆のはがきをチェックアウト前に手渡されたら、そのスタッフとの関係性は深まります。
かつては旅館経営者や女将にファンが付いたものですが、いまは「スタッフを前に立たせたい」という考えの若手経営者によく会います。
スタッフ一人一人にお客が付く方が、顧客の層が広がり、ファンビジネスの基盤がしっかりしますね。
(温泉エッセイスト)