【ちょっと よろしいですか 91】旅館の効率を考えるー。DX化のメリット 山崎まゆみ


山崎氏

 先日、観光庁の仕事で有馬温泉を訪ねました。数年ぶりだったので、有馬温泉の情報を最新にアップデートできました。中でも「御所坊」当主・金井啓修さんとの時間は大変有意義でした。アイデアマンである金井さんのお話は示唆に富み、私から見ればネタの宝庫。温泉地の未来のヒントが見えてきました。

 私が最も気になったのは「御所坊」で改修中のスイートルーム、通称“終の棲家”。金井さんが心の師と仰ぐ方を「御所坊」で看取った体験をもとに、文字通り人生の最期を温泉旅館で迎えるための部屋です。有馬の「金の湯」を引く客室の半露天風呂には、自力で入浴が難しい人のためにリフトを設置しました。また親兄弟、はては親族も一緒に看取ることも想定し、部屋は相当広くしています。人生の最終盤を病院ではなく温泉旅館で過ごし、家族や親しい人に囲まれて、温泉に入り、おいしいものも食べる。そんな空間を旅館内に用意することには、温泉旅館のオーナーとしての金井さんの矜持(きょうじ)を感じました。さらに金井さんは有馬温泉養生村の構想も練っておられます。私は、“終の棲家”の完成を待ちたいですし、利用するお客さんの反応も取材してみたいと思っています。

 この日は、「御所坊」に宿泊し、金井さんが夕食に同席してくれました。まず話題になったのは、食事処の2人用のテーブルの基本サイズ(横80センチ、奥行き100センチ)です。スタッフが効率よくお皿を置けるサイズで、このテーブルに合わせてお皿を作り直し、ほぼ総入れかえしたとのこと。そしてコロナ禍でマスクを外して会話しても距離が保たれるサイズだそうです。このテーブルにした目的は、コロナ対策もありますが、効率よく料理を運ぶことで、夕食を2回転させることだそうです。

 もう一つ驚いたことがあります。「御所坊」滞在中に1階のフロントロビーを通ると、初めて会うスタッフさんに「山崎さま~」と声をかけられました。さすが金井さん、社員教育が徹底しているなと思っていたら、金井さんから種明かし。なんと顔認証システムを導入していたのです。

「旧知の会社に顔認証システムの導入を相談したところ、これまでは犯罪防止のために使われていましたが、サービス向上に使う発想がなかったから一緒に開発から携わってほしいと言われました」。

 フロントのスタッフ対応スペースに入ると、大きなモニター画面があり、階段から降りてきた私の顔の静止画と滞在中の部屋と名前が表記されていました。マスク着用なのに、すごい!

 サービスの向上につながるだけでなく、宿側のリスクヘッジにも功を奏したそうです。 

 お客さんが到着後、スタッフがお客さんの車を駐車場に移動させました。そしてチェックアウト後、お客さんが車で出ようとした時に、「助手席のフロントバンパーに傷がついていた」とスタッフへ猛烈なクレームが入ったのです。しかし玄関にも設置してある顔認証システムのカメラで調べてみると、お客さんが来た時には既に傷がついていたのです。そのままお客さんに伝えると、謝罪され、事なきを得ました。

 「われわれはお客さまがあってこそ成り立つ商売です。かといって、昔みたいに『お客さまは神様です』とまで言い切れない。ですからトラブルが起こるリスクを少しでも軽減できるようにするのは、とても大事ではないかと気づかされた出来事でした」と金井さんは語ります。

 効率とサービス向上に、旅館のDX化は必要です。けれど人がやらなければならないことも必ず残ります。DX化は旅館やホテルにとって、大切なものを守るためでもあるのです。そのバランスの取り方は目利きの「人」でしかできない。そこがカギであり、難しさなのだと思います。

(温泉エッセイスト)

 
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