コロナ禍が宿泊産業に与えた打撃は計り知れないが、昨年来複数のホテルが打ち出した月単位の宿泊サブスクリプションは、従来のビジネスから一歩踏み出す快挙であった。しかし、アメリカのホテルチェーンは既にブランドを冠したサービスアパートメントを事業化している。
アメリカのホテル企業のビジネスモデル構築が優れている理由として、ホテルスクールの存在を挙げる向きもある。確かに筆者がかつて勤務したアメリカのホテルでも、上級職は欧米のホテルスクール出身だった。特にMBA保有者は、実務経験がわずかでも、優遇されていたが、管理能力に疑問符のつく幹部もいた。
アメリカ企業の雇用形態は、裁量労働者の「エグゼンプト」、残業代支給対象の「ノンエグゼンプト」に加え、ホテル業では週給で賃金を受け取る通称「ウェッジ ロール」から成り、学歴、階層間の壁は高く、待遇格差は、日本の比ではない。
日本のホテルは学卒者がマネジメント層の中心で、学部に関係なく採用し、OJTで育成する。また数は少ないが、高校、専門学校卒やアルバイトで入った人材も上級職として活躍している。他方、欧米ホテルスクール出身のホテリエたちは共通の運営のものさしを駆使して、どこでも仕事が始められる。
しかしリスク管理局面で総支配人等のトップが矢面に立つ記者発表では、異文化コミュニケーションの問題も見受けられる。謝罪への抵抗感や言葉の問題で実情を把握していないことが露呈したこともあった。
日本のホテルの課題は、実務家としては優秀だが、ホテルマネジメントの知見に乏しい幹部の存在である。分析や概念構築力が弱く、勘や経験等、暗黙知の形式知化も進まない。内外のビジネススクールに社員を派遣する企業もあるが、修了後に転職する社員も少なくない。企業側に受け皿がないことが一因である。スクール側も「MBAが企業を滅ぼす」で知られるヘンリー・ミンツバーグ氏の言葉通り、MBA用のケーススタディを一律に提供するにとどまり、受講者が企業に持ち帰っても、応用できない現状がある。
豊富な実務経験にホテルマネジメントの知見が加われば最強である。企業には社内、外部資源を組み合わせ、一貫性を持って経営人材を育成し、スクールには、実務家専用プログラムの開発を望みたい。
(帝京大学経済学部観光経営学科教授 宿泊マネジメント技能協会会員 山中左衛子)