パーソル総合研究所は5日、人的資本情報開示に関する調査結果を発表した。
- 調査結果概要
① 社会人の優秀人材は、「裁量権」や「挑戦」、「会社のビジョンやパーパスへの共感」をより重視する傾向
1年以内の転職を検討している社会人(正社員)4,100人に対し、転職先の検討にあたり重視する要素(※1)を聞いたところ、最も多く回答が集まったものは「人間関係が良い」(88.3%)、次いで「給料が良い」(87.5%)、「ワークライフバランスを保てる」(85.3%)であった【図表1の赤枠参照】。
また、現在勤めている会社での自己評価を聞く質問項目を設け、「評価が高い」かつ「昇格のスピードが速い」と回答した人を「優秀人材」として分析に用いた。優秀人材と社会人全体の結果を比較したところ、優秀人材のほうが相対的に「裁量権がある」「新しいことに挑戦できる」「会社のビジョンやパーパスに共感できる」「フレックスタイム制など働く時間を選べる」「成長できる」といった要素をより重視する傾向が見られた【図表1の黄色囲み数字参照】。
※1:「重視する」+「やや重視する」の回答割合
図表1.転職先の検討にあたり重視する要素(社会人全体と優秀人材)
② 社会人の関心が高い人的資本情報は、「福利厚生」「賃金の公正性」「精神的健康」
労働慣行の経済的側面と共に、心理的側面としてのウェルビーイング関連項目も重要な訴求ポイント
内閣官房から2022年8月に発表された「人的資本可視化指針」に開示事項例として示されている19項目を用いて、転職検討中の社会人に関心のある開示項目を聞いたところ、関心の高かった項目(※2)の1位・2位は「福利厚生」(88.6%)、「賃金の公正性」(84.8%)と労働慣行の項目が挙がり、次いで「精神的健康」(79.1%)、「安全」「コンプライアンス/倫理」(いずれも78.4%)が続いた。また、19項目以外に聞いた「休暇(育児休暇にとどまらず休暇全般)」(91.6%)や「賃金(公正性にとどまらず賃金全般)」(88.8%)も、関心が高かった。
※2:「とても関心がある」+「関心がある」+「やや関心がある」の回答割合
図表2.人的資本情報開示項目への関心度(社会人全体)
③ 社会人の優秀人材は、人的資本情報開示項目の「価値向上」領域に関心が高い傾向
関心のある開示項目(※3)について、優秀人材と社会人全体の回答を比較したところ、優秀人材は相対的に、「リーダーシップ」「サクセッション(後継者プラン)」「採用」「エンゲージメント」「育成」に対する関心が高い傾向が見られた。
また、「人的資本可視化指針」において19項目に対し示されている「価値向上」「リスクマネジメント」の2つの観点から見ると、社会人全体では「リスクマネジメント」領域に関心が高い傾向があるのに対し【図表2の黄色囲み数字参照】、優秀人材は社会人全体に比べ「価値向上」領域に関心が高い傾向が見られた【図表3の黄色囲み数字参照】
※3:「とても関心がある」+「関心がある」+「やや関心がある」の回答割合
図表3.人的資本情報開示項目への関心度(社会人全体と優秀人材)
④ 社会人の優秀人材のうち、男性は「リーダーシップ」「サクセッション」「採用」への関心が高く、
女性は「差別のなさ」「ダイバーシティ」「福利厚生」への関心が高い傾向
優秀人材が関心を向ける開示項目(※4)について、性別による差を確認したところ、相対的に、男性は「リーダーシップ」「サクセッション(後継者プラン)」「採用」に関心が高く、女性は「差別のなさ」「ダイバーシティ」「福利厚生」に関心が高い傾向が見られた。
※4:「とても関心がある」+「関心がある」+「やや関心がある」の回答割合
図表4.人的資本情報開示項目への関心度(社会人の優秀人材:性別に見た傾向)
⑤ 学生は社会人に比べ、企業の「社会貢献」や「環境への配慮」を重視する傾向
次に、2024年春に就職を予定している学生(大学生・大学院生)500人に、就職先の検討にあたり重視する要素(※5)を聞いたところ、上位3つは「人間関係が良い」(89.8%)、「給料が良い」(86.8%)、「ワークライフバランスを保てる」(86.2%)であり、社会人の上位3つと同じ結果となった【図表5の赤枠参照】。
この回答結果について、社会人の結果と比較したところ、学生は「社会貢献に積極的」「環境に配慮している」の回答比率が相対的に高く、ESGのE(Environment:環境)とS(Society:社会)を重視する傾向がうかがえる。また、「成長できる」「人材育成に積極的」「強みや専門性を活かせる」も高い傾向が確認された【図表5の黄色囲み数字参照】。
※5:「重視する」+「やや重視する」の回答割合
図表5.就職先の検討にあたり重視する要素(学生)
⑥ 学生の関心が高い人的資本情報のトップ2は「福利厚生」「賃金の公正性」で社会人と同じ、
次いで、「安全」「精神的健康」「採用」への関心が高い
学生に関心のある人的資本情報の開示項目(※6)を聞いたところ、関心の高かった項目の1位・2位は「福利厚生」(90.2%)、「賃金の公正性」(85.0%)と、社会人と同じ項目がトップ2として挙がった。3位以降は、「安全」(82.2%)、「精神的健康」(81.8%)、「採用」(80.0%)が続いた。また、19項目以外に聞いた「休暇(育児休暇にとどまらず休暇全般)」(90.0%)や「賃金(公正性にとどまらず賃金全般)」(85.0%)も、社会人の結果と同様、関心が高かった。
※6:「とても関心がある」+「関心がある」+「やや関心がある」の回答割合
図表6.人的資本情報の開示項目への関心度(学生)
⑦ 男性の学生は、「サクセッション」「リーダーシップ」「エンゲージメント」への関心が
女性の学生は、「ダイバーシティ」「差別のなさ」「育児休暇」への関心が、相対的に高い
学生が関心を向ける開示項目(※7)について、性別による差を確認したところ、相対的に、男性は「リーダーシップ」「サクセッション(後継者プラン)」「エンゲージメント」への関心が高く、女性は「ダイバーシティ」「差別のなさ」「育児休暇」への関心が高かった。
※7:「とても関心がある」+「関心がある」+「やや関心がある」の回答割合
図表7.人的資本情報の開示項目への関心度(学生:性別に見た傾向)
- 分析コメント~人的資本情報への関心の高まりは、自社の描く経営戦略や取り組み姿勢を社内外に伝える好機。情報の受け手を想定し、上手に伝えたい~(パーソル総合研究所 主任研究員 井上 亮太郎)
内閣官房から「人的資本可視化指針」が発表され、ますます人的資本情報の開示に向けた動きが本格化している。
これまで情報開示の議論は、主に投資家の要求を軸に語られてきた感がある。しかし、企業のステークホルダーは投資家にとどまらない。多様なステークホルダーを念頭に、誰にどのような開示を行っていくかという視点が求められる。
そこで、本調査は転職希望者と学生を対象に、企業が開示する人的資本情報のどこに関心が高く、どのように情報を受け取っているのかを調査した。その結果、企業が情報開示していく場合に有用な2つのポイントが見えてきた。
1. 転職検討中の社会人における優秀人材は、「企業価値向上」領域への関心が高い
優秀人材は、「リーダーシップ」や「サクセッション」「採用」「エンゲージメント」「育成」といった企業価値向上の領域への関心が相対的に高かった。優秀人材へのアピールという意味では、同領域に類する開示事項および関連する取り組みを示すとともに、価値向上につながる具体的な道筋を示すことが肝要であろう。
2. 学生は、企業選びの際、「社会貢献」や「環境への配慮」を重視する傾向
近年、採用関係者の間で経験的に語られていた傾向ではあるが、学生は社会人に比べて、社会貢献や環境への配慮を重視して企業選びをする傾向が本調査からも確認された。一定の社会人経験がある群よりも、社会課題への意識が高く理想を追い求める姿勢の強さが表れていると考えられる。学生へのアピールとしては、社会的課題などに企業としてどのように向き合っているか、また、入社後にどのように関わる機会があるかなどを企業のホームページなどで分かりやすく伝えることが肝要であろう。
本調査は転職希望者と学生を対象としたものであるが、今後、企業が異なるステークホルダーを想定し、情報開示を戦略的に行っていく上での参考資料となれば幸いである。
※本調査を引用いただく際は、出所として「パーソル総合研究所」と明記してください。
※調査結果の詳細については、下記URLをご覧ください。
URL:https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/human-capital2.html
※報告書内の構成比の数値は、小数点以下第2位を四捨五入しているため、個々の集計値の合計は必ずしも100%とならない場合があります。凡例の括弧内数値はサンプル数を表します。
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