ここ何年か「異常気象」という用語が頻繁にメディアに登場するようになった。記録的な大雨や豪雪、猛暑などが常態化したためだろう。「異常気象」がもたらす災害が発生すると、旅の月刊誌、旅行読売編集長時代は夜も眠れぬほどピリピリせざるを得なかった。
次号で掲載予定の地域が災害に見舞われると、旅行や観光どころではなくなるからだ。締め切りを過ぎ、印刷を終えてしまえばいかんともしがたい。しかし、編集作業の大詰めでは、記事を差し替えることもできるため、難しい判断を迫られたことが何度かあった。
鉄道や道路が寸断され、飛行機も欠航している。浸水や倒壊した宿や施設もある。それでは掲載を見合わせるか、否か。事はそう単純ではない。なぜなら、その地域全体が被災したわけではないケースもあるからだ。メディアは被災地の悲惨な映像を繰り返し流すが、観光客の安全に最大限考慮して営業を続けていたり、短期間で復旧が急ピッチで進んでいたりする場合もある。月刊誌が書店に並ぶころには、観光客の受け入れが可能になっているかもしれない。
こうした事情を頭に入れつつ、編集作業を続けるのだが、その一方で困惑と怒りがわくのが風評被害だろう。意図的なデマやフェイクニュースは論外だが、誤った情報や根拠の不確かな噂が広がり、予約のキャンセルが相次ぐのは、関係者にとってやりきれない。
掲載判断に迷いながら、取材でお世話になった現地に問い合わせると「確かに被災地域もあるが、復旧に向け頑張っている。被害もそれほどではないから、雑誌でぜひ取り上げて風評被害を拭い去ってほしい」と懇願された。微力ながら応援したい気持ちになる。
同時に大切なのは、その地域自身が正確で迅速な情報発信をすることだ。10年近く前、京都の嵐山で桂川が氾濫した。日本でも有数な観光地であるだけに、メディアは大きく扱った。土地勘がないと、京都市全域が水浸しになったように受け止めた向きも多かった。
この時は、災害発生からそう期日を経ずして、門川大作京都市長が芸妓さんを引き連れて上京し、復旧は着実に進んでいる、京都観光にぜひとアピールした。また、長野県の信濃大町・白馬周辺で震災被害があった際も、関係者が都内で迅速に記者会見を行い、間近に迫ったスキー場開きは、ほぼ予定通り行うと訴えた。いずれも巧みな広報戦略だと感心したことを覚えている。
自然災害とは異なるが、東日本大震災による福島第一原発の爆発により、海外の一部ではいまだに日本産農産物、水産物に懸念を示している。また、コロナ禍では、「感染者が出たらしい」との間違った情報により多くの風評被害に泣いた飲食店、医療機関、流通小売業、そして観光関連事業者も数多い。
異常気象はこれからも続き、自然災害も増える可能性もある。コロナ禍は収束の兆しをみせるが、第6波の警戒も必要だし、新たな感染症の脅威を指摘する専門家も多い。この非常事態の中で、実際の被害とは別に風評被害をいかに最小限に食い止めるか。平時に検討しておかねばならない。
(元旅行読売出版社社長、日本旅行作家協会理事)