旅先の宿に到着する。温泉に漬かり、夕食を味わう。順番が逆の場合もあろう。心地よい疲れから早々と寝てしまう。これはこれで良いかもしれないが、旅の夜長をもっと楽しめないだろうか。宴会付きの団体旅行が廃れ、家族や個人、あるいはひとり旅が増えてきた中で、旅先の夜の過ごし方は重要だ。
それに応えようと、宿泊施設側も夕食後に郷土芸能や宿泊客が参加する寸劇、ゲーム大会、星空ウォッチングなどを催す。地域を挙げての仕掛けも増えてきた。夜景ツアーやイルミネーション、雪原に灯されるキャンドル祭りなど工夫を凝らす。こうした取り組みは、夕食後、客室からお客さまを誘いだし、就寝までの数時間を有効活用することで、旅行消費の拡大となる。近年、話題となっているナイトタイムエコノミーの一環といえる。
これは日本人客ばかりでなく、復活が期待されている訪日外国人客にも提供できる旅の在り方であり、観光庁も「文化・経済の両面でまちを活性化させ、今後の経済を支える重要なテーマ」と位置付けている。筆者も長崎市や函館市の夜景ツアー、長野県阿智村の「天空の楽園 日本一の星空ナイトツアー」や栃木県芦野温泉の大衆演劇ショーなどを体験した。
そんな中で印象に残ったのが、インバウンドを対象にした東京観光財団の企画だ。コロナ禍以前、訪日観光客数が右肩上がりに伸び始めた2013年にさかのぼる。
同財団が行ったのは「TOKYO YOKOCHO WEEK」。東京・有楽町のガード下の飲食街を舞台に、赤提灯の魅力を味わってもらう試みだった。日比谷などのホテルに宿泊する外国人に「パスポート」を配布した。これを持参して企画に賛同する居酒屋などを訪れると、外国人向けの千円の特別メニューが提供される。追加注文すれば別だが、特別メニューの範囲内なら千円と決まっていて安心この上ない。
そもそも東京は観光スポットやショッピング、飲食施設も充実していて、刺激に富んだ街だ。夜遅くでも安全で安心できる。しかし、健全なナイトライフを楽しむ方法がわからない。こう話す外国人は多い。あれから10年近くがたち、スマホで情報収集をして東京の夜を満喫する外国人も増えたに違いないが。
その後、都と同財団は、2019年のラグビーW杯日本大会で、「吉祥寺酒場札所めぐり」事業を展開し、訪日外国人に吉祥寺文化と夜の楽しみ方を伝えた。はしご酒の味わいも含めてアピールした。さらに、東京オリンピック・パラリンピックに向けてナイトライフ観光を打ち上げた。
新たな変異株オミクロンによって、インバウンド復活は冷水を浴びせられている。コロナ禍が収まれば訪れたい国として日本は上位に顔を出す。四季折々の景観も素晴らしく、食事や温泉も魅力的だ。そこにもう一つ、健全な夜の楽しみ方の提案ができれば、日本人はもちろん、外国人にも支持されるだろう。
(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)