90歳になる叔父が電話口でこう言った。「何時の小湊線で来るのだ。駅まで迎えに行くよ」。東京都心から東京湾アクアラインを経由すれば2時間強、千葉県養老渓谷近くに暮らす叔父を訪ねようとした時の会話だ。筆者はマイカーを持っていないので、JR内房線で五井まで行き、そこから小湊鐡道に乗り換えて叔父の住む最寄り駅まで行く。
叔父が迎えに行くというのは、もちろん徒歩ではなく、マイカーでだ。家から駅までは一本道の県道で慣れているとはいえ、90歳のの運転はやや心配。これまでも叔父の息子らと免許返納の話をしたことがある。集落には歩いて行ける範囲にコンビニや商店はない。クルマがなくても、週2回は軽トラックで魚や食料品、雑貨を販売する移動販売業者が来るから不便することはない。しかし、病院通いや近くの親戚を訪ねる時にクルマなしでは動けないのが現実だという。
全国で2次交通問題の深刻さが増している。観光客の立場で考えれば、旅の到着駅から旅館やホテルまで、その後の周遊といった時の足の便はどうするのだろうか。
シニアの免許返上、若者のクルマ離れが取りざたされて久しい。ソニー損保の「20歳のカーライフ意識調査(2022年11月実施)」によると、20歳の免許保有率は上昇傾向がみられるものの61.2%という。高校卒業と同時に教習所に通った筆者たちの世代とは異なる。
また、本紙読者が期待している訪日外国人観光客の復活に伴う足の問題としても2次交通はもっと真剣に検討されるべきだ。外国人のみが使えるJRのジャパンレールパスを使って目的地まで来ても、その先が問題なのである。近年は定番の観光地ばかりではなく、思いがけない地方にまで外国人観光客が訪れているからだ。
もう一つ例を挙げよう。マイカーの保有率が高い北関東ならではの象徴的な事例であるので、以前にも書いたがあえて紹介する。
その地域の観光説明会でハイキングコースが整備されたとの発表があった。筆者は質問した。「最寄り駅から登り口まで何分くらいですか」。担当者はこちらの意図が分かりかねるような顔つきをした。そして「バス便はないので、おクルマなら20分くらいだと思います」と答えた。筆者はマイカーではないことを重ねて話すと、タクシーを使えばいいという。運賃は片道4千円くらいという。帰路もタクシーを呼ぶとして往復8千円。ずいぶん交通費の高いハイキングだと皮肉を言いたくなった。
地域交通対策として、乗り合いタクシーやデマンドバスなどの実証実験も進んでいる。レンタル自転車も普及し始めている。レンタカーやカーシェアの利用という手もある。しかし、筆者は慣れない道や雪道で運転したくない。時折、外国人観光客がレンタカーで事故を起こしたという報道も目にする。
ローカル鉄道の廃線も観光地を巡る周遊には深刻だ。数年前、鳥取県の第三セクターの若桜(わかさ)鉄道の幹部と話していた時、「高校卒業と同時に鉄道も卒業してしまう」と嘆いていたことを思い出した。一般論としては、乗降客が減るから運行本数を減らさざるを得ず、利便性が減る。その結果、ますます利用者が減る循環になっている。
JRがローカル線の収支の公表を始めた。対象路線の将来像について沿線市町村と協議をするとのことだが、廃線や代替交通問題が俎上に載るだろう。
バスなどの2次交通、そしてローカル線の存廃は、地域住民の足、国内外を問わず観光客の周遊や移動に大きな影響を及ぼす。冒頭に書いた、90歳の叔父が免許返納してしまったら、叔父の家まで30分近くかけて歩くことになるだろう。
(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)