十数年前、福岡の知り合いから、博多のシンボル、屋台の規制案が出ている、旅行雑誌の編集長としてどう思うか、このような質問をいただいた。環境衛生の観点からだということだったが、即座に反対した。博多っ子の気風と人情、そして多彩な食べ物、九州旅行の拠点などが魅力として即座に挙げられると同時に、屋台文化も大きな観光コンテンツではないかと思ったからだ。訪日外国人観光客がさほど多くなかった時代だが、「YATAI」として売り出したらどうかと答えた。
しかし、この問題は杞憂に終わったようだ。しばらく博多に行かないが、ネットを検索すると屋台マップが入手できる。
後になって知ったのだが、2013年に「屋台基本条例」が制定されている。屋台が「福岡のまちににぎわいや人々の交流の場を創出し、観光資源としての効用を有している」とのことだった。
旅先でしゃれたカフェやレストランを巡るのも楽しい。しかし、活気と熱気にあふれる屋台の雑踏は捨てがたい。ソウルの南大門市場や明洞、台湾の夜市も独特のオーラを放っている。狭い路地にひしめく屋台。店の造りはコの字型のカウンターに椅子が並べられて、言葉は通じなくても好みの品を指させば、威勢のいい「ハイよ」という声とともに供される。隣と肩が触れ合うようで客同士が打ち解けて、酒を酌み交わす経験もした。それに何よりお値段が手頃である。外国人観光客も、こうした雰囲気の中で飲み、かつ食べるのは楽しいし、酒や料理を通じ普段着のその地域を知ることができる。
日本に話を戻せば、カウンターだけの小さな店がびっしり軒を連ねる新宿の思い出横丁などには外国人がたくさん訪れている。ひと昔前は若い女性は入りにくかったが、今では女性グループの姿も多く東京の新名所といってもいい。
筆者は屋台とともに国内外問わず、旅先で足を運ぶのが市場だ。大型スーパーや量販店では売っていない雑貨や台所用品などどうやって食べるのか想像がつかない食材が並んでいる。市場には小さな飲食店もあれば、屋台もある。
こうした市場ファンを嘆き悲しませているのが、能登半島地震による火災で、壊滅的被害を受けた「輪島朝市」だ。能登地方には観光名所が多いが、筆者は地震の一報を聞いた時、すぐに「輪島朝市」を思った。被害状況が明らかになるに連れ、朝市通り周辺で火災が起きていると報じられ気になって仕方がなかった。約300棟が焼失し、朝市通り周辺での犠牲者は2月上旬現在で10人、安否不明者も6人を数える。地震から1カ月以上たった今も復興の見通しは立っていない。
温泉エッセイストの山崎まゆみさんが1月29日の本紙連載「ちょっとよろしいですか」で、「被災地のお見舞い観光」を提言していた。その通りである。能登支援は義援金の提供、ボランティアなどいろいろあるが、観光客受け入れのめどがたった時点で、この地を旅したい。旅行代金の最大半額を補助する「北陸応援割」も利用した旅の計画を立てたい。
(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)