マスク着用や3密回避など日本特有の制約付きとはいえ、外国人観光客でにぎわう日が近づいている。そうした状況で、6月2日付本紙の1面の「観国之光」は訪日観光再開について貴重な指摘をしていた。
「インバウンドが再開されたものの、不安も残る」として、旅行業者の体力に言及している。コロナ禍による業績悪化で、固定費減らしの一つとして人員削減、あるいは採用の見送りなどを実施したケースが散見されるからだ。その結果、従業員が疲弊することを危惧している。
旅行業者の体力を論じる場合、ホテル・旅館に焦点を絞れば、それは客室、温泉、食事処、バリアフリー対応などの施設・設備のほかに、料理、従業員の専門性、サービスなどソフト、ハードの両面がある。情報発信力も欠かせない。インバウンドを期待するなら、基本的な英会話ができるような研修も必要だろう。
詳細はそれぞれの専門家に任せるとして、従業員の資質について触れてみる。その一つとして、やる気のある若手を採用し、しっかり育てることが欠かせない。今回、小欄を書くに当たり、筆者が短大で観光関連の講座を担当している関係から、観光・旅行業界へのイメージを学生たちに尋ねてみた。聞き取り数が少なく資料性には欠けるが、あえて書くと、結果は芳しくなかった。
彼女たちが高校を卒業した2020年の春にコロナウイルスが広まった。緊急事態宣言が発せられ、海外はむろん国内観光も制約を受けた。交通、宿泊などの観光関連分野の採用は控えられ、彼女らの先輩たちの「旅行業界で働きたい」という希望がかなうことはなく、いまだに採用は完全復活といえない。
そんな中での最大公約数的な意見を紹介する。「観光業に限らないが、コロナ禍で採用枠が狭められ不安定な業種だ」「たくさんのお客さまを相手にするので、コロナウイルスに感染しやすい職種だと不安に感じる」「将来もこのような感染症がまん延するかもしれない。そのたびに採用が控えられたり、いったん就職しても職種転換があるかもしれない仕事で不安」。
観光業がリスクに弱いことを敏感に感じている証拠だ。「高校の頃、ホテルのフロント業務を行ってみたいと思っていたのだが、今は迷っている」との意見もあった。
旅行業界は余暇が増えるこれからの時代に有望だし、インバウンドも期待できる。しかし、最終的に彼女らの就職先は、物販が多いという。なぜなら、「特にやりたい仕事が見つからない。とりあえず、分かりやすい物販で働いてみたい」。志望動機としては弱い。定着率も良くない。
さらに、こんな意見もあった。「ホテルでウエイトレスをしている友人の話では、食事や休憩時間も十分に取れず、残業を強いられる過酷な環境だと聞いて、あまり良いイメージを持てない」。
コロナ禍以前、信州の観光ホテルの夕食時の一コマを思い出した。広い食事処に座って、まずビールとなったが、従業員が少なくて声を掛けるのに苦労した。着席してから5分以上がたち、ようやく注文完了、瓶ビールが届いた。ところが、栓抜きが見当たらない。再び従業員を呼んで栓抜きを頼んだが、また10分近く掛かり、ビールがぬるくなりそうだった。従業員は当時、50代半ばの筆者の年齢をはるかに超えているようで、痛々しい感じが人も見受けられた。
年齢が若ければ良いというものでもない。シニアには経験に裏打ちされた接客術というものもあろう。しかし、若いやる気のある人材を確保して育てていってこそ、お客さまにも支持されるはずだ。そして彼らに魅力的と受け取られる業界にすることが不可欠だ。
(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)