【体験型観光が日本を変える 45】社会全体で人間力を育む 藤澤安良


 日本陸上界の長年の夢であった。100メートルで桐生祥秀選手が9秒98と、日本人初の9秒台を出した。高校時代から期待され、そのプレッシャーも大きかったはずだが、見事に偉業を成し遂げた。甥っ子が自分の後輩だと自慢していた。私も同郷の誇りである。連日ミサイルだの、核実験だのと暗いニュースが続いた中で、久しぶりの明るい話題で新聞の1面を賑わした。

 東京オリンピックが3年後に迫って、このところバドミントン、卓球、新体操、柔道、水泳など日本の若いスポーツ選手の活躍が著しい。来年の平昌冬季オリンピックに向けて代表争いも激しくなるフィギュアスケートやスキージャンプも活躍が目立っている。高校野球も強打者に注目が集まった。ジュニア強化が実を結んだ結果であろう。オリンピック本番での活躍を期待したい。その一方で学校でのクラブ活動などでは、教員の放課後や休日の労働環境の問題が指摘されている。競技人口や底辺の拡大は難しくなっている。

 学歴偏重社会ではない中、依然として「お受験」「有名校」指向が続いている。小学校から高校まで、学校が終われば塾へ、夏休みも夏期特別講座と称してまた塾へとなると、机上学問ばかりで、遊びも、スポーツも、音楽も、芸術もする時間がなさそうである。ほんものの自然、生の人間と触れ合い、交流し、コミュニケーションができる機会は、人間力や社会性を身につける好機となる。つまりは、あらゆる体験、経験が生きることになる。

 昨今、高学歴の官僚や議員でも記憶がなかったり、真実を語れなかったり、不適切な男女関係や失言、罵倒暴言などでマスコミを賑わしている。学歴では補えない足りないものが多いように思えてならない。

 就職試験で「あなたは学生時代にどんな活動をしてきましたか」の問いかけに、甲子園や全国大会、あるいは世界大会、オリンピックなどに出場した人、それを目指したが惜しくも届かなかった人など、目標に向けて没頭したこと、挑戦したことがあれば、勝敗や成績に関わらず、自分の誇りとして語れることがある。そして学びがある。大学生の中にも、就職の面接試験に話ができるように、例えば、「途上国で社会貢献のためこんな活動をしました」などと、アリバイづくりの旅行企画が売れていると聞く。その意図は寂しい。

 年月や時代は戻らない。その時代に生きた証しとなる体験は、教育として極めて重要な意味を持つ。遊びや部活ができないならば、なおさら、総合的な時間の活用や特別教育活動(修学旅行や林間学校)などにおいて、千数百年前から逃げずにあり、いつでも行ける名所旧跡ではなく、日数を集中させ、泊数を増やしてでも、日本の大自然、田舎、農山漁村での体験交流が必要である。こんな時代だからこそ変わらなければならない。学校や家庭、そして社会全体がもっと人間力の必要性と、それを育む方法に気づき、行動に移さなければならない。前年踏襲ではなく、固定概念の打破が次代を拓く鍵となる。

 
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