
観光立国の実現へ、力強く取り組む―と両氏(観光庁審議官室で)
日本の観光戦略の司令塔、観光庁の鈴木貴典審議官と、宿泊業界の若手経営者らで組織する全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)青年部の塚島英太部長(長崎県・ホテル長崎)に、国内観光振興に向けた取り組み、宿泊業が果たすべき役割などを語っていただいた。
行政と連携密に、観光政策を議論
――(司会=本社取締役編集長・森田淳)観光業界の現状について、どのような認識をお持ちか。
塚島 私はこの業界に入って約20年になる。20年前といえば、観光立国推進という話が出てきた時期。インバウンドがまだ500万人から600万人ぐらいだった。
異業種から宿泊観光業界に入ったのだが、外から見るとすごく華やかで大きく見えた業界も、いざ入ってみると多くの課題があることが分かった。半面、国が観光立国を目指すことになり、この業界は今からどんどん伸びていくのだろうとわくわくする思いもあった。
あれから20年がたち、一言で言うと、「大きく変わったな」という印象だ。一つは、われわれ宿泊観光業界は家族経営であったり、中小零細企業が多く、それはそれでいいところがあるのだが、経営面で課題があるところが多かった。そこに観光庁の指導があり、高付加価値化事業などの成果もあって、パンデミックや災害という困難もあったが、しっかりとした企業経営ができるところが増えた。
全旅連活動においては、政治や行政にさまざまな要望をするということは以前から行っていたのだが、井上善博会長、亀岡勇紀専務理事に変わり、近年はただお願いをするだけではなく、政策を共に立案するところまで来た。
例えばコロナ禍におけるGo Toトラベル事業。観光庁の方々はわれわれの要望を親身になって聞くとともに、打ち合わせの場にも参加をさせていただき、毎週のようにかんかんがくがくと議論を行った。観光庁の方々はわれわれの現場にも足を運んでいただき、地域の声を政策に取り入れていただいた。
青年部の事業としては、一つは先日、鈴木審議官にもお越しいただいた「宿フェス」。業界の魅力を広く外部に発信する取り組みだ。
人手不足への対応には、宿泊4団体でつくった宿泊業技能試験センターでの外国人材受け入れ事業とともに、観光庁主催のジョブフェアについて、われわれ全旅連が事務局を担い、海外6カ国でこの1月まで取り組んだ。直近のフィリピン・セブでは青年部から20軒以上の施設が参加し、現地の学生約200人、オンライン参加を含めるとおよそ350から400人に日本の宿泊業で働くことの魅力を伝えた。学生たちから多くの反応があり、今後に向けてかなり手応えを感じたところだ。
新たな取り組みでは、宿フェスで発表させていただいた「”宿”サステナブルアクション」。お祭り、芸能、食など、地域にはそれぞれ固有の文化がある。これらを将来に向けて守り続けるために、趣旨に賛同する宿泊客の方々から寄付を頂くという取り組みだ。旅をすることが地域貢献にもなるというこの取り組みは、多くの方に支持をされると思っている。
鈴木 私が観光産業課長だった6~7年前、いわゆる民泊新法を施行しなければならない状況の中で、全旅連、青年部、その他の宿泊団体、不動産関係の団体、自治体など、さまざまな関係者と議論をさせていただいた。
民泊の新たな制度ができるということで、青年部の方々も不安を感じることがあったのだろう。われわれに対してさまざまな意見や要望を頂いたことが記憶に残っている。
観光庁は日本旅館協会とはかねてから密接なお付き合いがあったが、全旅連青年部とはそこまでの関係性はなかったと記憶しているものの、「雨降って地固まる」で、そこで議論を重ねていくうちに、着実に信頼関係が醸成されていった。
共に議論をし、さまざまな方針を考え出してきただけに、全国の全旅連の組合員の方々にはしっかりとわれわれの政策も理解をして共に実行していただきたい。そう考えていたが、今まさにその通りになっている。
塚島氏
――観光庁の取り組みについて改めて。
鈴木 政府として大きく観光立国を打ち出したのが小泉政権時代の2003年。「ビジット・ジャパン・キャンペーン」を始めたこの年に、当時500万人程度だったインバウンドを2010年までの7年間で倍の1千万人にしようと目標を打ち立てた。
3年間、期間をオーバーして達成することになるが、政権交代などさまざまなことを経て、今度は2016年に「明日の日本を支える観光ビジョン」という国の大方針を決め、その中でインバウンドを2020年に4千万人、2030年に6千万人にするという大きな目標を立てた。
コロナ禍となっても方向性を変えず、今も頑張っているところだ。
ただ、コロナ禍を経て感じたことは、観光を持続可能にしなければならないということ。環境や地域社会に配慮しなければならないことはもとより、経済的に循環できることが大前提であり、宿泊施設については、しっかりと稼ぐ力を付けていただく。投資をして古くなった設備を新しくしたり、働く人にしっかりと還元をすることでいいサービスをしてもらうなどだ。
かつて民泊に関わる議論をしていた頃は、業界の方々から宿帳やファクスなどという言葉も出てきたが、今では自身でサイトを運営し、その中で予約管理もされて、値付けをシステム的に行うことで収益性を上げているところも増えている。
省力化やDXへの投資、さらにはバリアフリーへの投資など、国はさまざまな支援策を用意しており、ぜひ積極的に活用いただいて持続的な宿経営に努めていただきたい。
宿は地域のショーケースとよく言われる。個性的な建築デザインや食など、地域ならではの文化に触れられる場所として、地域の先頭に立ってインバウンドを呼び込むことにチャレンジしてもらえるとなおありがたい。
塚島 観光庁の方々には常にさまざまな支援を頂いており、改めて感謝を申し上げたい。
おっしゃるようにわれわれ宿は地域のショーケースであり、さまざまな地域固有の文化を守ってきたという自負がある。
しかし、それ以前に、われわれは民間事業者だから、地域貢献とともに、稼げる産業になっていかねばならない。
さまざまな支援を頂いているが、ただ、われわれは国や地方行政に甘えすぎていたのではないかとも自戒している。
「われわれ業界は弱い立場だから守られるのは当然」。業界の中でそのように言う方もいらっしゃるのだが、まずは自走をすることが大事だ。
古い体質を維持するのではなく、もっと稼げる産業になるために、われわれは努力をしていかねばならない。
冒頭申し上げた通り、家族経営には家族経営の良さがあるのだが、しっかりとした数字に基づいた企業経営をしていくことが大事だ。
鈴木氏
観光、宿経営を持続可能なものに
――全旅連が国への陳情で、宿泊観光産業の重要性をもっと社会に発信してほしいと要望している。
塚島 国民に対して国内観光の良さをもっと知ってもらう必要がある。
去年の宿フェスに世界を旅するバックパッカーの人たちが来ていたが、話をすると、国内の温泉地に行ったことがないという。もったいないと思った。世界を否定するわけではないが、自分が住む国や地域の魅力を知った上で海外に出てもらい、現地の方々に日本の良さをアピールしてもらえれば、素晴らしい観光交流が生まれると思う。
鈴木 新しい観光立国推進基本計画では、三つのキーワードを掲げている。持続可能な観光、消費額拡大、そして地方誘客促進だ。
インバウンドは増加率は高いが、旅行全体のボリュームでいうと国内旅行が4分の3を占める。インバウンドだけでなく、国内の観光交流も盛んにしなければならない。
観光庁は「第2のふるさとづくりプロジェクト」を推進したり、ワーケーションや、愛知県で先行する「ラーケーション」を応援させていただいたりもしている。国内も含めた観光交流の拡大へ、これからも努めたい。
――今後の観光産業はどうあるべきか。
鈴木 民間事業として持続可能な経営をまずしていただいた上で、地域文化のショーケースとしての役割を果たしていただきたいと先ほど申し上げたが、さらに付け加えるとすれば、地域における自治体やDMO等との連携強化。現状、連携を密に取り組んでいるところと、少し距離感があるところがあるとお見受けする。
観 光振興による地域活性化のためには、地域のPRもさることながら、いかにその地域で消費をしてもらうかが大切。その点で、行政出身の人だけではなかなか難しい部分がある。実際に地域で商売をされておられる宿泊業の方々には、DMO等と一体となって、地域を引っ張っていくぐらいの活躍をしてもらえるとありがたい。そうすることで、地域における宿の評価、宿泊業界全体の位置付けも変わるのではないか。
塚島 おっしゃる通り。業界が良い方向へ進むためにはあらゆる垣根を越えて、「オール観光」で取り組んでいかねばならない。古いルールに縛られていては世界の流れから取り残されてしまう。何が最善なのか、常に考えていかねばならない。
――最後に一言ずつ。審議官が青年部に期待することは。
鈴木 引き続き行政とコミュニケーションを密に取っていただきたい。そうすることで良い政策が生まれてくるはずだ。
――部長から観光庁に対して。
塚島 われわれ業界への日頃の支援に改めて感謝を申し上げたい。その中であえて申し上げれば、お忙しいとは思うが、日本の中心の霞が関で活躍する職員の皆さまには、ぜひ全国各地にお越しいただきたい。実際に来て、宿泊していただくと、地域の現状、問題点がより分かるはずだ。これらを今後の政策立案に生かしていただければと思う。