【口福のおすそわけ 439】ボルドーで輝く銀杏の葉 竹内美樹


竹内氏

 金色に輝く銀杏(いちょう)の葉脈がデザインされたラベルのワイン「シャトー・ジンコ」。カスティヨン・コート・ド・ボルドーのサンフィリップデグイ村にあるこのシャトーを立ち上げた、日本人初の女性ボルドーワイン醸造家、百合草梨紗(ゆりぐさりさ)氏。筆者が役員を務める「神田明神下みやび」のワインメーカーズディナーにお越しいただいた。さっそうと現れた彼女は美しく魅力的で、畑仕事やワイン造りの重労働をしているようにも、3人の娘の母にも見えない。彼女が醸造家になるまでの物語をご紹介しよう。

 出身は静岡県沼津市。短大卒業後、アパレル業界に就職。友人と試飲会を訪れるうち、ボルドーワインにハマり、2000年21歳の時ボルドーへの留学を決意。午前中は語学学校へ、午後はシャトー巡りの日々を経て、ボルドー商工会議所が運営する専門学校に進学、ワインの醸造やテイスティングだけでなく、流通や商取引に至るまで学んだ。ここで現在の夫、マチュ・クレスマン氏と出会う。

 150年の伝統を持つ大手ネゴシアンオーナー一族出身の同氏と、06年生産者と販売者の仲介役を担うネゴシアン会社を起業、09年に結婚。自分で納得のいくワインを造りたいと考え、夫の協力を得て畑を探し、最も好きな産地、サンテミリオンと地続きの畑を発見! 近所付き合いのあったシャトー・ペトリュスの元醸造長のお墨付きもあり15年畑を購入、生産者となった。

 シンデレラストーリーだとか、強運だと言う人もいる。でも、運も実力のうち。彼女には類稀(たぐいまれ)な醸造家としての素養があった。その上人一倍努力家だ。オーガニック栽培でブドウを育てているが、雑草や虫との闘いはとても過酷。1.65ヘクタールの畑に約8千本もあるブドウの樹の面倒を見、冬には寒さの中一本ずつ剪定(せんてい)するなんて…。そのかいあって19ヴィンテージから、フランスで厳しい基準が設けられているオーガニック認証ABを取得した。

 毎春ピレネー山脈の羊飼いが山を下りて来て、羊たちが雑草を食べ、天然の肥料を落としてくれる。先々、トラクターも馬への移行を検討中。将来もこの地でワイン造りが続けられるよう、サスティナブルにこだわっている。醸造は伝統的な製法。発酵時の温度調整に電気を使わず、野生酵母で発酵させ、20カ月間フレンチオーク樽(たる)で熟成させる。卵白で澱(おり)を沈下させる清澄やろ過もしない。メルロー100%、テロワールの恵みとブドウのうま味が凝縮された深い味わいだ。

 ジンコとは、フランス語で銀杏を表す。東洋の神秘的な樹で、広島の原爆にも耐えた生命力を持ち、愛と友情の象徴とされる。芯のあるエネルギッシュなワインを造りたいと、次女が産まれた時、畑近くに銀杏の樹を植えた。その願い通り、彼女のワインは力強い。ボルドーに根を下ろした銀杏の樹は、秋が来るたび葉を黄金色に輝かせ、やがて大樹となるだろう。日本の誇りでもある「シャトー・ジンコ」を見守りながら。

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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