東京都台東区にある「特選とんかつ すぎ田」。ずっと行ってみたかった店だ。8月に初訪問、運良く並ばずに店内に入ると、手入れの行き届いた白木のカウンターが目に飛び込んできた。その中央の大将の真ん前の席に通されると、目の前に、おろしたての新品かと見紛うほどピカピカに磨かれた銅鍋が二つ並んでいた。中には、これまた美しく澄んだ油が温められている。筆者がヒレ、同行者はロースを注文。2015年、ミシュランが「価格以上の満足感が得られる料理」と認めた「ビブグルマン」に選ばれて以来、その座を守り続けている同店だけに、期待が高まる。
注文を受けると、大将が肉に衣をつけ、向かって左の鍋に投入。ジュワーッと、揚げ物ならではの心地よい響きが。1分半くらいで右の鍋に移すと、泡がほとんど立たない。なるほど、最初に高温で衣を固めて肉のうま味を閉じ込めてから、低温で火を通すんだ!とナットク。その後、10分ほど待っただろうか? 今度は肉を再び左の高温の鍋へ。衣から余計な水分が抜けて、サクッと仕上がるのだろう。1分半くらいで鍋から引き上げたが、スグには切り分けず、しばしバットの中に。う~む、コレは油を切ると同時に、余熱で火を通してるんだ!
最後に大将が包丁を入れると、サクッサクッと良い音が。千切りキャベツの横に並んだそれは、中心部分がほどよいピンク色で、火入れが絶妙。ほんの少し塩をつけて食せば、口の中に肉汁があふれ出す。ウマっ? 期待を超える極上の味だ。衣が薄くて、後味サッパリ。同行者のロースを一切れいただくと、甲乙付けがたい美味。丁寧な下ごしらえがうかがえる。同行者は、ご飯と豚汁もオーダー。別料金なのは、呑兵衛の筆者にはありがたい。
お米の産地は長野県野沢温泉、豚肉は主に千葉県産、油はラード100%と教えていただいたが、初回はそれ以上質問できなかった。だが先日2回目に訪問した際、いろいろとお話を伺えた。
同店は1977年に浅草で創業、1991年にほど近い蔵前に移転。現在43歳の大将の佐藤光朗氏は、学生時代から店を手伝い、父の後を継いで2011年に2代目店主に。佐藤さんなのに、ナゼ店名が「すぎ田」なのかと尋ねると、今も一緒に働いてくれている母の旧姓だと教えて下さった。
パン粉は、近所の人気ベーカリー「ペリカン」に特注。ウクライナ問題で残念ながら小麦の価格が高騰、パン粉の価格も上がった。飼料の値上がりで豚肉も価格上昇。ラードは香り高いオランダ産にこだわっているが、価格は以前の3倍に上がったそうだ。「仕方なく値上げさせていただきました」と言うが、のれんを守るのはさぞ大変だろう。だが、父から受け継いだまな板やひのきのカウンターを大切に使い続け、揚げ物の店と思えないほど厨房も見事に磨き上げられている同店の将来は、大将の笑顔同様明るいに違いない。豪快に炎を上げながら、ウイスキーでフランベするソテーも人気。次はそっちも食べてみたいな♪
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。