食いしん坊の筆者、好きな食べ物を聞かれると絞り切れずに困る。大トロやウニのおすし、黒毛和牛のシャトーブリアン、シャンパンにキャビアなど…。その一つが、牛タンシチュー。とろける牛タンと、濃厚なデミグラスソースのうまみが口の中で混然一体となり…って、もうたまらない。
牛タン、つまり牛の舌は、1頭から1本、約1~1.5キロ程度しか取れない上、皮付きだと、歩留まりはおよそ60%程度だそう。つまり、あの大きな牛から取れる牛タンって、たった600グラムくらいなのだ! 付け根側のタン元、タン中、タン先、そしてタン下とでは、先にいくほどよく動かすから筋肉質で硬く、下はもっと硬いので、部位によって価格も異なる。焼肉屋さんの特上タンは、タン元。1頭から200グラム程度しか取れないらしい。だから高いのだ!
牛タンシチューに話を戻そう。実は以前、好きが高じて「タンシチュー巡り」をしてみたことがある。ボスの知人が経営する、御茶ノ水の老舗洋食店Oのタンシチューは3500円。同じくボスの知人が2代目経営者という日本橋の老舗洋食店Tは、気軽に楽しめる1階だとライス付きで3100円。デミグラスソースまで手間暇の掛け方が違うという特別感のある2階では、4500円で提供している。日本の洋食の礎を築いたとされる銀座のRでは、なんと5千円。
中でも最もリーズナブルかつ美味だったのが、中央区新川の老舗洋食店Tだ。平日だと、昼夜問わず2600円とコスパが良い。デミグラスソースは、牛スジや野菜などを煮込み裏ごしする工程を繰り返し、20日間もかけて作り出すのだとか。コク深くまろやかなこのソースがタップリかかった分厚い1枚のタンは、明らかにタン元と分かる形状。脂が乗っていて、舌の上でとろけるうまさは、ビーフシチューとは違った醍醐味(だいごみ)があり、まさに口福。何度かリピートした。
タンシチューは筆者にとって、思い出深い料理でもある。父方の祖母の家を訪れると、よく夕食に登場した。住み込みの家政婦さんの得意料理だったからだ。子供心に、牛タンってなんておいしいんだろう!と毎回感動したのを思い出す。ソースがややオレンジがかっていたから、ケチャップ入りだったかも。父の行きつけだった銀座のフレンチレストランにも、とびきり美味な「牛タンのマデラソース煮」があった。マデラ酒の芳醇な香りのソースと、歯がいらないくらいやわらかな牛タンのハーモニーは忘れ難いが、残念ながら閉店してしまった。
皮付きのタンを1本買って、調理してみたことも。生のままだと難しいので、ゆでてから皮をむいた。煮込み料理ならOKだが、生で扱う焼肉屋さんにはなれない。その後もまだまだたくさんの工程があって、気が遠くなる。手間が掛かる分だけ美味な牛タンシチュー、プロに任せた方が良さそうだ。そういえば冷凍庫で眠ってるヤツ、そろそろ仕込まなきゃ! でも、ムキタンなのでご心配なく♪
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。