土用の丑(うし)の日といえば、ウナギ。そもそも「土用」とは、中国の暦二十四節気を、日本の風土に合わせた、節分や彼岸、入梅などと同じ雑節(ざっせつ)の一つ。土用は、立春・立夏・立秋・立冬の前それぞれ18日間を指す。それをさらに昔の暦同様に12日周期で数え十二支で表す。夏土用は立秋前の18日間だから、土用の丑の日が2度巡ってくる年もある。今年は7月24日が一の丑で、8月5日が二の丑だ。
季節の変わり目に、体調を崩さぬようにと生まれたのが、土用の食養生。「土用シジミ」や「土用卵」のほか、「う」のつく食べ物も土用に食べると良いとされた。梅干しは疲労回復効果の高いクエン酸が含まれ、唾液が出て食欲増進につながるし、うどんは食欲のない夏でも食べやすい。また、ウリ科のウリ・キュウリ・スイカなどは水分やカリウムが豊富で、熱中症を防ぐ効果が期待できるなど、単に「う」がつくだけではない。ちなみに、ウナギによく奈良漬が付け合わせてあるのは、ウリを食べた名残とか。
ウナギは、熱中症予防になるビタミンB1も多く、昔から滋養強壮食材といわれた。万葉集にも、大伴家持が詠んだ「石麻呂(いわまろ)に 吾(わ)れもの申す 夏痩せに よしといふものぞ 鰻(むなぎ)とり食(め)せ」という歌があるくらいだ。だが、天然ウナギ本来の旬は、冬眠直前に栄養を蓄え脂が乗った10~12月ごろ。江戸時代、江戸前ウナギのかば焼きが流行したが、さすがに夏場は人気が衰えた。商売に困ったウナギ屋が、博識の学者平賀源内に相談。「う」がつくからと、「本日、土用丑の日」と売り出したところ大ヒットしたのが起源という説が有力。
当初、ウナギと「付け飯」は別々に売られていたという。大久保今助という人が、牛久沼の渡しの茶屋でウナギを注文し、配膳された途端に出航の合図が。とっさに「一式借りるよ」と、皿のウナギを茶わんのご飯の上に滑らせ、皿でふたをして船に乗り込んだ。対岸に着いて食べてみると、ふたで蒸されたウナギはやわらかく、ご飯にタレがにじみ込み絶品! 江戸で芝居小屋の金主をしていた今助は、早速丼飯の上にかば焼きを載せ出前をさせたところ、大好評となり、ウナギめしブームを起こしたといわれる。コレがうな丼の始まりで、うな重は、明治時代に入ってから、出前で運びやすく冷めにくい重箱が使われるようになってできたそうだ。
天然ウナギも、養殖に用いるシラスウナギも漁獲量が激減、ニホンウナギは絶滅危惧種に指定された。江戸時代、土用の丑の日はウナギの価格が6倍に跳ね上がったそうだが、そんなお祭り騒ぎを、資源が枯渇しそうな今、続けるべきでないという気運もある。だが、切腹を嫌う武士の多い関東では背開き、腹を割って話したい商人が多い関西では腹開きなど、昔からのウナギの食文化も維持したい。2010年、国の研究機関がウナギの完全養殖に世界で初めて成功、実用化に向けて研究開発を進めている。天然資源に負荷をかけない、持続可能な養殖の完成が待たれる。
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。