わが国の5類移行(5月8日)に先立ち、WHO世界保健機関は去る5日、新型コロナ緊急事態宣言の解除を発表した。3年3カ月に及んだ疫病流行は、観光産業従事者にとって筆舌しがたい地獄の日々でもあった。
もとは緩やかに進むはずだったデジタル化や人員整理が一気に進み、経営戦略は練り直されて、今は違う景色のただなかにいる。旅館やホテルは大宴会場を分割するなどしたが、いざ需要が急回復すると、許容量の問題や人手不足が深刻で悩みは尽きない。
筆者が勤める大学では、今春、新入生を対象にした宿泊研修を、4年ぶりに再開した。集合場所に並んだ東都観光バス16台は壮観で、久しぶりの台数口に胸を熱くした。大学が手配を依頼した旅行会社の社員たちの姿が目に留まり、あいさつしようと向かってみると、見知った顔がいて驚いた。
8年前の2015年、JATA日本旅行業協会から研修講師を依頼されたときの受講者の1人で、小田急トラベル(小田急電鉄)の日沖貴博氏が、そこに立っていた。
研修会の名称は、「JATA若者トラベル研究会」。若年層の旅行促進を目的にマレーシア政府観光局がスポンサーとなって実施した勉強会で、主要なJATA正会員企業の将来の幹部候補生たちが集められた。受講者には、ワールド航空サービスの菊間陽介氏もいた。
マレーシア・クアラルンプールの実地研修では、ハラル認証の政府機関を視察し、訪日インバウンドの現地旅行会社アップル・バケーションズの代表者や社員らと意見交換会を行うなど中身が濃く、インアウト双方向の知識が得られる内容で構成された。
帰国後は、箱根湯本温泉「ホテルおかだ」で泊まりがけの振り返りミーティングを、チームビルディング方式で実施した。旅行会社の人たちは芸達者が多い。打ち上げでは男性数名が即興でEXILE(エグザイル)の楽曲を歌って踊り、場を盛り上げた。業界の横断的な懇親にもつながった。
コロナ禍の22年、小田急トラベルは事業再編で、小田急電鉄の旅行業者代理業者として新たな一歩を踏み出した。沿線主体の店舗営業を縮小して観光DXへとかじを切ったのである。
さて、私どもが向かった先は、2022年度「5つ星の宿」にも入選した群馬・磯部温泉「舌切雀のお宿ホテル磯部ガーデン」。
大小宴会場を昼夜貸し切り、入学オリエンテーションや宗教行事、初年次セミナーを実施した。
磯部温泉は温泉マーク発祥の地としても知られる。出迎えてくれたスタッフは、白ワイシャツの上に温泉マークをあしらった藍地のシャツを羽織ってアピール。ロビーに設けられた「サイボットシアター」では、オリジナルキャラクター「おちゅん」が舌切雀伝説を分かりやすく解説する。
翌朝、櫻井丘子会長が着物姿で玄関口に立ち、法被をまとった小泉淳支配人とともに出立を見送ってくれた。ホテルにはない、女将と番頭の風情がうれしい。
関係希薄なコロナ世代にとって同じ釜の飯を食う旅館でのチームビルディングは、今でこそ求められる。だが皮肉なことに、コロナの弊害で、大型団体が利用できる旅館は減少の一途である。
何を強みとするかが問われる。
(淑徳大学経営学部観光経営学科学部長・教授千葉千枝子)