一流観光地を中心にバケーションレンタルという新業態で展開する楽天ステイは、同社の旗艦となる施設「Rakuten STAY FUJIMI TERRACE 箱根芦ノ湖」を、近ごろプレオープンさせた。
24の客室は全てレイクビュー。プライベートな天然温泉風呂とカウンター付き足湯が備え付けられ、客室テラスからは芦ノ湖畔や箱根神社の鳥居、富士山までもが望める。旅の情緒を醸すのは、樹齢300年といわれる旧東海道沿いの杉並木。元箱根の「超」好立地にある。
感動するのは住空間の広さである。旅館やリゾートマンションでは実現しづらい広々とした設計が自慢で、あたかもセカンドハウスに来た安堵(あんど)感がある。もちろんペットフレンドリールームも用意されているので、ワンちゃん連れの宿泊も可能だ。
各戸、キッチンには食洗機や調理道具、皿や人気の家電製品がそろう。何が人気かといえば、楽天市場で評価が高い製品が置かれていて売れ行きが分かる。例えばドライヤーやドラム式の洗濯乾燥機、ペット専用のグッズまでもが、試供の機会になっている。
食へのこだわりも見ごとで、プランを選ぶと地元食材が事前に部屋にセットされている。食材買い出しの必要はなく、自分たちで簡単調理をする仕組みだ。ここが旅館業法に抵触しない新業態のすごみといえよう。
チェックイン・アウトは非対面。暗証キーシステムなので鍵の受け渡しもない。貸別荘のように旅の最後の掃除や皿洗いが不要なのもうれしい。
システムこそ「民泊」だが、リゾートホテルや旅館以上のファシリティを備え、ないものといえば対面ホスピタリティのみ。若い世代やお忍びカップル、ペット連れや外国人は、そのほうが気兼ねなく過ごせるだろう。
民泊新法、すなわち住宅宿泊事業法は、東京五輪大会の誘致決定後、客室数不足の解消とAirBnBを代表としたシェアリングエコノミーの黒船来航に対応する形で成立した。
コロナ禍を経て私たちは、対面による過剰なサービスが果たして必要なのかも感じるようになっている。そうした点で、ニッチな空白マーケットを、じわり楽天ステイは埋め始めている。
楽天から独立して誕生した楽天トラベルは、まさにミレニアムの寵児(ちょうじ)といえた。日立造船の子会社が開発したマイトリップ・ネット「旅の窓口」を買収するや、破竹の勢いで国内の宿泊旅行市場を席巻したのは読者の知るところだ。以降、伝統的な大手旅行会社の独壇場を許してはこなかった。
やがて同社は親元の楽天に戻った。楽天トラベルは単に屋号となり、その取扱高を旅行業としてつまびらかに知ることはできない。
「楽天経済圏」で、日本のEコマース市場をけん引してきた楽天グループ。今年から来年にかけて社債償還が始まるなか、資金調達のニュースがさかんに経済面をにぎわすようになった。経済は、まさに生き物。どこにチャンスが眠っているか落とし穴があるかは、簡単には分からない。常に勝負あるのみ。トラベル事業に関して言えば、楽天がくしゃみをして、業界全体が風邪をひかないことを祈っている。
(淑徳大学 経営学部 観光経営学科 学部長・教授 千葉千枝子)