「ないものはない」と、町長の名刺に書いていた。役場の人たちの名刺にも同じキャッチフレーズが書かれていた。島根県の隠岐島にある海士(あま)町が、町長の強いリーダーシップのもと、町民を増やすために「ないものはない」とうたい続ける。私どもの日体大もこの海士町と協力協定を締結、交流している。
海士町は、水産資源を生かしたり、島内の土地を生かしたりして雇用創出と起業応援をすることで広く知られている。小さな島、町であるがゆえ、「ないもの」が多いのだが、「ないもの」を「あるもの」に変えていくのだという強い意志が伝わってくる。そのために島に移ってくる人に対し、町は全面でバックアップして産業化に協力していた。
例えば、島内の土地を使って高級牛を生産して、その肉を全国で販売する。町は冷凍施設を整備して協力していた。魚介類等にも冷凍施設が生かされ、常に新鮮さを保っていた。どんなに遠くても、不便でも、近代的な施設があれば、生産物を保存できるに加え輸送時間に余裕ができる。起業家の応援をする町、町民を増加させたい町は、町民に協力する町だ。技術革新ではなく、起業者と町の「新結合」である。この「新結合」は、地方再生・創生のキーワードになろうとしている。
新型コロナウイルスの感染拡大で、地方にも逆風が吹いている。が、大変な変化も起きているのだ。東京都に転入する人口は、コロナ禍の感染を境に急減した。昨年の7月から始まって、年末まで転出が転入を上回った。東京という大都会が、嫌われ始めたのである。テレワーク人口も増加したとはいえ、働き方改革が推進した上に都会の危険性が認識されつつあるかに映る。
地方からの受験生が激減したと嘆く私大関係者が多く、わが日体大も首都圏からの受験者が多数を占めた。東京が嫌われ始めたと実感せざるを得ない状況下にある。
コロナウイルスは、人の流れを変えたにとどまらず、生活様式も変えようとしている。また、人生100歳時代を迎えて、第2の人生を模索しようとする高齢者が増えてもいるのだ。定年退職者の半数以上は、まだまだ「働くこと」を望んでいる。昨今の高齢者は、想像以上に元気だ。
老年学(ジェロントロジー)者である秋山弘子東大名誉教授は、「研究を基に提唱するだけでなく、実践したい」と農業を始めた(産経新聞)。セカンドライフのモデルとして全国に広めたいと考えているそうだ。埼玉県日高市の休耕地を借り、仲間5人で株式会社を設立して、無農薬での栽培技術を身に付けながら、地域支援型農業(CSA)の実現を目指していると報じられた。「仕事をしたい」という高齢者と「休耕地」の「新結合」である。
「新結合」は、さまざまな地域、分野で可能である。毎日新聞は、栃木県益子町の事例について書いていた。都内でデジタル関係の仕事に携わっていたが、地方暮らしに関心を持った青年が、町職員と協力してウェブ形式の「陶器市」を春と秋に開催して注目を浴びたというのだ。
益子町は浜田庄司をはじめ多くの名だたる陶工を輩出してきた、益子焼で知られる陶芸の町。コロナ禍で「陶器市」が開かれず、移り住んできた青年と陶器の「新結合」によって陶芸の町を元気にしたという。ちなみに青年は、「地域おこし協力隊員」だった。「新結合」のための人材が求められようが、地域の特性を考慮して知恵を出すべきだ。
ともあれ、農家が高齢化により耕作されなくなった農耕地が全国にある。ここで野菜を栽培したり、果物、米等を植えて定年後を過ごす生活も「新結合」。寿命の伸びた現在、同じ考えを持つ人たちを自治体が募り、休耕地を生かすべきである。自治体が、空き家を提供したり、休耕地をまとめたりして、「新結合」の先頭に立って活性化させてほしい。
生産年齢人口が減少する今、元気で働きたいと希望する高齢者を集めて、逆手にとる思考で休耕地を生かすべきだ。