【地方再生・創生論 317】地域の寓話を教育に活用しよう 松浪健四郎


 大変なショックを受けた。東京・狛江市で90歳の女性が殺される強盗事件があった。敬うべく老女を、日本人の若者が金品を強奪した上で殺害するなんて悲しすぎる。お年寄りを大切にする習慣が、日本にはあったはずなのに、若者が凶行に及んだ。儒教精神なんて、もう日本人の精神から喪失してしまったのだろうか。「敬老の日」がありながら、犯行はちゅうちょせずに老女を地獄に突き落としたのだ。

 深沢七郎の名作である『楢山節考』を想起させられた。犯人たちは、棄老伝説に基づいた犯行だったのだろうか。口減らしのために、年寄りを山に棄(す)てるという残酷な習慣である。この習慣は、伝承であるにつけ山梨県、兵庫県、山口県、宮崎県、佐賀県、そして私の故郷である大阪府等にもある。悲惨な話ではあるが、わが故郷の泉佐野市長滝に伝わる伝説は寓話(ぐうわ)性に富む。この伝説を、私は学生たちによく聴かせることにしている。老人たちの知恵で生き延びる物語、私は大好きだ。

 私の記憶に基づいて書く。正確さに欠けるかもしれないが、ご容赦を願う。手元に資料がないため、私流の物語である。

 唐の時代、使いが日本にやって来た。「三つの問題を出す。解答できなければ、唐は日本を侵略する」という。第1の問題は、2寸ばかりの棒を出し、どちらが根元で、どちらが梢(こずえ)であるかを当てよ。帝(みかど)(天皇)は、集められた部下たちに、「わかる者はいるか」と問う。翌日、一番若い下級官僚が答えた。「川の上から棒を投げます。下(しも)の方に流れる先が根元です」。唐の役人は、「正解だ」。

 下級官僚は、夜中、納屋の地下にいる老父母に質すと、老父は筏(いかだ)を見よ、根元が先に流れるのだと教えてくれた。比重値が違うからである。老父の知識だ。

 第2問は、麻袋に入っている白と黒の蛇を出し、どちらが雄で、どちらが雌であるかを当てよ。やはり同じ若い官僚が、夜中に納屋に忍び込み老父母に問う。「蛇と蛇の間に小枝を立てなさい。尾っぽを枝に当てる方が雌です。蛇といえど母親は子どもに餌を与える習慣があるために、枝をゆすって虫を落とすのです」と、老母が教えてくれた。

 その通り、唐の役人の前で小枝を立てると、黒い蛇がその枝を尾でゆする。黒蛇が雌ですと応えると、「正解だ」、と感心した。

 最後の問題が出された。緑色した玉、よく見ると上下に穴があるが、上下がらせん状に掘られた細い線状の穴とつながっている玉で、「この玉に糸を通せ」という。難題である。やはり、あの官僚が老父母に夜中に納屋の地下室で尋ねた。

 「アリを糸で弱く縛り、片方の穴の回りに蜂蜜を塗り、反対の穴からアリを入れると糸が通ります。アリは好物のために働くのです」と、老母が説く。そして、唐の役人の前で成功させたのである。「日本人は立派だ、こんな国とは仲良くせねばならない」と言って彼らは帰国した。

 帝は、全官僚たちの眼前で、若い下級官僚に向かって「褒美をとらせる、何が欲しいか」とのお言葉をのたまう。「褒美は、結構です。その代わり、老人を山に棄てる法律を廃止し、家族全員で暮らすことができるように改めて下さい。3問とも教えてくれたのは、地下でかくまった老父母なのです。私は法律を破りましたが、老父母の知識が国を救ってくれました。どうか親孝行をさせて下さい」、と若い官僚が懇願した。で、帝は、それを認めた。

 親孝行はあらゆる善行の基本だと孔子が教える。全国にこのような伝承があるが、残念ながら埋もれてしまっている。掘り起こし、語り部よろしく、語り継ぐ必要がある。

 地域社会にさまざまな寓話、民話を復活させ、教育に活用してほしいものだ。土俗的な物語も各地方にありながら、教材として使われない。

 各自治体の教育委員会は、身近な教材を学校に届けるべきである。教科書だけに頼りすぎてはいまいか。郷土愛を植えつける意味においても、地方色を出してほしい。90歳を過ぎた老女を、殴り殺して金品を奪う若者がいるなんて、あまりにも悲しいではないか。心の教育をしっかり行わねばならないと思う。

 
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