大学関係者は、戦々恐々として薄氷を履(ふ)むがごとしの日々である。電話が鳴ると、ドキッとする。東京農大ボクシング部、日大アメリカンフットボール部の違法薬物事件は対岸の火事ではなく、どこの大学でもあり得る事件として緊張しているのだ。たまたま集団生活をしている体育会の学生の事件であったが、一般学生が違法薬物に手を染めていないという保障はない。SNSなどで容易に違法薬物を入手できる社会にあって、好奇心の旺盛な学生たちを管理する立場にある大学関係者は頭を痛める。
日大の幹部は、学生たちを信用していたのか、それともサイバー社会の現状認識不足か、信頼を失った。林真理子理事長等は、学生たちを善人と決め込み調査を十分にせず、警察当局に暴かれる結果となった。文部科学省は、日大に対して第三者委員会で調査し、報告するように指導した。若い学生たちは、スマホからさまざまな情報を入手する。大麻の乱用拡大は、タバコの吸引と同程度の行為と考え、罪悪感が薄いようだ。で、運動部のような組織で流行してしまう傾向にある。日大アメフト部の部員は、大麻だけではなく覚醒剤でも逮捕された。麻薬取締法違反罪で起訴されたのだから、ただの好奇心だったと決めつけられない悪質さだ。覚醒剤が若年層、学生たちにまで浸透している状況を私たちは無視できない。
厚生労働省は、「第6次薬物乱用防止5カ年戦略」を8月に策定した。政府は、この5カ年戦略に基づいて、薬物防止対策を実施することになるが、政府のみならず、地方公共団体も戦略の目標に協力すべきである。スマホの発達は、都市部や地方の色分けを困難にし、瞬時に情報は全国に広がる。薬物が、いかに健康を害するか、タバコ同様、なかなかやめられない怖さを若年層にも広報する必要がある。
5カ年戦略の目標は、まず青少年を中心とした広報である。自治体も協力し、自らの街から薬物使用者を出さない啓発をお願いしたい。次に薬物乱用者の治療と社会復帰支援である。目標の3は薬物の流通阻止。薬物の密売組織の壊滅と乱用者の取り締まりである。目標4は、水際対策の徹底だ。欧米では、大麻使用を認めている国や地域があるため、国内に持ち込ませないようにせねばならない。目標の5は、国際連携と協力である。これらの目標は政府が中心となって取り組むべきものだが、先述したごとく、各自治体は広報に積極的に取り組む協力が重要である。
サイバー空間を利用した薬物密売の取り締まりが困難なだけに、広報が大切だ。有害情報の正しい知識、この普及・啓発も行ってほしい。通信記録の残らない秘匿性の高いメッセージアプリもあり、それらを悪用する違法薬物の売買が日常のものとなっていて、巧妙化している。だから、「手を出さない」ことと「怖い薬物の後遺症」等を宣伝し、最新技術の悪用に負けない努力が求められる。発達した情報機器、これに対抗するには、あらゆる媒体を用いて広報を盛んにするしかない。
近年、喫煙者が減少傾向にあるという。喫煙が健康に有害であること、特にがんを招来させるという宣伝、広報がかなり影響したと考える。医師たちが、喫煙の弊害を説き続けた結果、喫煙者たちは長寿を、健康を意識しだしたことを考えると、有害薬物の乱用を防止させるには幅広い啓蒙運動が必要であろう。取り締まりの強化も大切だが、学校、社会等での防止キャンペーンを忘れてはならない。
私がアフガニスタンに滞在中、多くの日本人旅行者が黄疸(おうだん)で入院した。原因は当地で売られていた大麻樹脂(ハッシーシ)の吸引であった。大使館員たちが、忙しく旅行者たちの世話をしていたが、大麻樹脂に手を出せばどれだけ迷惑をかけるか目の当たりにした経験をもつ私は、声を大にして「薬物に手を出すな」と言いたい。自治体の幹部たちは、どこにいてもSNSで禁止薬物を入手できることを理解し、禁止させるために対策を強化すべきだ。政府と警察だけの仕事ではないのである。