どんな人間が強いのか。身体が強くとも弱い精神の人も多い。自殺者が増加傾向にあるらしいが、医師から「がん」を伝えられると悲観して自殺する罹患(りかん)者が後を絶たないという。しかも、がん患者の5人に1人がうつ状態に陥ってしまうらしい。で、自殺率が高まる。
私も4度も医師から「がん」を宣告されたが、あまり驚くことなく「がん」を受け入れた。「がん」にかかれば死ぬ、という神話が今も人々の心奥深く沈殿しているからか、恐怖心に踊らされるのだと思う。
私は「がん」に強いのではなく、慣れてしまってその現実を受容するタイプの人間というだけである。罹患すると、己の人生が根底から狂うと決め込み、死を迎えると本気に考えてしまうタイプの人たちは苦しむ。
いつもお世話になっている北海道医療大学の浅香正博学長には、「凄い精神力の持ち主ですね。医師でもがんを告げられると精神的ダメージを受けますよ」と、褒められた。浅香学長はピロリ菌の権威であられ、ピロリ菌と胃潰瘍や胃がん等の関連について研究されている。
がん患者の心痛を和らげる方法は、精神科医にかかるのもいいが、1人で悩まないことである。現在では、自分の周囲にも「がん」を克服された人がいるはずだ。がんを告知されても、まず己自身を見失わず、医師を信頼してほしい。そして、多くの体験者に相談すべきである。
がん患者であることを秘匿する人が多いのは、この病気が死と直結していると決めつけているからであろう。私は公表した。膵臓(すいぞう)がんという「がんの横綱」であったため、報道された。手術が成功したとしても、10年間生きる可能性は5%(現在は6%)、がんの中でも一番怖い部類に入ろうか。
がん患者の心配は、転移や再発についてである。この精神的負担は大きい。私は4度も部位の異なる「がん」に襲撃されたが、転移ではなかった。それでも今も次はどこの部位の「がん」になるのだろうか、と案ずる。
ネットでさまざまな情報を検索すればするほど、がん患者は不安になり心配する。が、多くの人たちと雑談したり、趣味に没頭していると不安を忘れてしまう。そんな性格の患者は、交際範囲が広く知人、友人が多いので強い精神力を発揮するが、相談相手も知人もいない人たちもいる。いや、人の話を信用しない人たちもいる。こんな人たちを救う機関や場がなくて、民間療法に走る患者もいる。
私の友人である大学の名誉教授は、科学的根拠のない放置療法を選択した。幾度も話をしたが頑固で、聞く耳を持っていなかった。すでに精神的な苦しみと向き合う精神力を喪失していた印象を受けた。民間療法も高額である。高額であるから効くと錯覚するのだと思う。
かつて幾人も救済したかの話に酔い、信じてしまう弱い患者たち。標準治療(保険の利く手術、抗がん剤、放射線)によって、病状がどうなるか、私は運命に任せたばかりか、医師を信頼していた。もちろん、「がん」経験者から話を聴いた。参考になったばかりか、勇気づけられたのは申すまでもない。
各自治体や保健所は、罹患者の相談に乗ってくれる場を設置してほしい。医師とは意外に相談しがたく、逆に第三者の方が話ができる。どれだけ患者は不安になっているか、健常者では想像できないだろうが、がん患者は男女を問わず精神的におかしくなるくらい不安になっている。末期がんで余命を告げられたなら、人間の心はどうなるか。最大の恐怖に直面することになる。これだけは私も経験していないが、相談相手は家族以外にも必要であろう。
毎年、がん患者は100万人発見される。そして38万人が死亡する。コロナ禍の比ではないのだ。がん患者の自殺率は、一般の人の24倍だといわれる。自殺させないために、自治体の工夫が求められる。人間は、私たちが考えるほど強くはない。とくにがん患者は、恐怖との闘いの日々、手を差し伸べてほしい。