今後の成長の鍵は「旅館」
外資OTAの勢いが止まらない。インバウンド誘客の要としての高成長に加え、特に世界三大OTA、ブッキング・ドットコムグループ(オランダ・アムステルダム)、エクスペディアグループ(米国・ワシントン州ベルビュー)、トリップ・ドットコムグループ(中国・上海市)の日本語サイトは、日本国内客からの予約実績を伸ばし続けている。各社の日本トップは、今後の成功の鍵を「旅館」と断言する。各OTAの日本市場での戦略を聞いた。(東京・ロイヤルパークホテルで)
◎出席者
アダム・ブラウンステイン氏(ブッキング・ドットコムジャパン 北アジア地区兼日本統括リージョナル・ディレクター)
蘇 俊達氏(トリップ・ドットコムグループ 日本 代表)
マイケルダイクス氏(エクスペディア・ホールディングス 代表取締役)
司会=本社企画推進部長 江口英一
19年の市場と各社の状況
――2019年はどうだったか。
ダイクス氏
ダイクス 三つのポイントがある。国内市場の高成長、底堅いグローバル需要の獲得、継続的な技術投資だ。
国内市場(日本人向けの旅行販売)は、17年、18年に引き続いて顕著な伸び率だった。旅行予約のオフラインからオンラインへのシフトという一般的な環境もあるが、当社では特に日本人になじみやすいダイナミックパッケージの販売が前年対比90%増と大きく伸びた。
次に底堅いグローバル需要の獲得だが、日本のインバウンドで従来から大きな比重を占めている韓国と香港は伸び率が低かった。ただ、他国からのインバウンドが補って余りあるくらい伸びた。例えば米国からは前年対比30%増、中国本土からは同150%増だった。他にもオーストラリア、カナダ、UK、シンガポール、インドネシアなど各国から日本の宿泊施設にご送客ができた。
また技術投資については、あらゆる規模の宿泊施設が等しく競える土俵を与えるものだと考えている。管理画面を今年改良した。施設さまの特性によってカスタマイズされた推奨サービスや操作が管理画面に表示されるようになり、適応性に優れている。これにより、施設さまは予約数を増やすにあたり、管理画面のどの機能やサービスをどのような優先順位で活用すれば良いか分かるようになった。
――トリップ・ドットコムは。
蘇氏
蘇 4点ある。1点目はブランド名の変更。シートリップ設立20周年の節目にあたる19年10月29日に「Ctrip」から「Trip.com」に社名を変更した。「シートリップグループ日本」も「トリップドットコムグループ日本」に名称変更した。中国国内向けブランドとしての「シートリップ」、中国以外の国で展開するOTP(オンライン・トラベル・プラットフォーム)の「トリップ・ドットコム」、メタサーチの「スカイスキャナー」、中国大手OTAの「Qunar(チューナー)」といったグループ傘下ブランドは、今まで通りだ。中国国内での弊社のOTAとしての市場占有率は67.7%で、リアル店舗も7千店展開している。会員数は4億人だが、うち1億人は中国以外の国のお客さまだ。総収入の35%は中国以外の会員から得ている。世界中のお客さまに最高の旅行を提供できるようにグローバル展開を進めている。
2点目はインバウンド事業の伸び。メインはもちろん訪日中国人旅行客だ。1~10月で前年対比13.5%増の813万人が日本を訪れているが、そのうちの約50%以上が弊社のシステムを経由して予約をした。19年の国慶節期間の中国人の人気旅行先は、弊社調査によると、タイを抜いて日本が1位になった。
3点目は、トリップ・ドットコムの実績。中国本土以外の旅行販売を担うこのブランドでの航空・宿泊予約数が3桁成長した。つまり前年比で数倍になった。日本における従業員数も200人を超えた。そのうち、開設1年目のカスタマーセンターのスタッフ数は75人。全員が日本人で、365日、24時間の対応をしている。
4点目は自治体や企業との連携の加速。高知県、愛知県、大分県といった地方自治体や、JR東日本、東京海上日動、オークラニッコーホテルマネジメント、JR九州、電通、JTBと中国人インバウンド誘致などで連携協定を結んだ。
――19年のブッキング・ドットコムは。
ブラウンステイン氏
ブラウンステイン ブッキング・ドットコムにとって非常に良い年だった。デジタル・オンライン・トラベル・ビジネス全体が日本で伸びている。インバウンドも伸びている。今後もこの傾向が続くように私たちも協力していきたい。
ポイントとしては2点ある。1点目は、当社がグローバルで展開しているビジネスにおいて、日本がトップ10市場に入ったということ。特に19年は、日本からの予約者比率が、外国からの予約者比率を若干上回った。非常にバランスの良いビジネスを展開できている。ここ数年間は、日本人ユーザーを獲得するためにさまざまな努力を重ねてきたので、とてもうれしい。
2点目は、さまざまな旅行素材がシームレスに予約できる「コネクテッド・トリップ」の成功。宿泊の予約に加えて、例えば、空港からホテルまでのタクシー、日本料理の体験教室、東京スカイツリーの入場券などを予約・手配できる機能だ。ゲストが宿泊予約を行う際には、空港や駅から宿までの2次交通や滞在先でのアクティビティについても当然考える。コネクテッド・トリップは、これら全てをワンストップで提供するものだ。利便性の高さが、訪日ユーザーにも日本国内ユーザーにも受け入れられた。
20年の展望と事業計画
――20年の取り組みは。
ダイクス 日本市場を引き続き開拓する重要性は今年と変わらない。日本市場を一つの旅先として捉えた時に、どの国の人からよりも日本人のお客さまからの予約の方が多くなっている。
日本独特の宿泊施設である「旅館」は、日本人ユーザー向けには不可欠だし、インバウンド客向けにも重要性が増してきている。そのため、ここ数年来は、旅館の販売の手法について研究を重ね、どういう条件設定や掲載情報が必要なのかが徐々に見えてきた。そして19年9月、管理画面に「旅館の設備」という項目を追加した。大浴場、露天風呂、旅館のレイアウト、庭園や池の有無、浴衣のあるなしなど、各旅館の細かい情報を入力、公開できるようにした。
――閲覧者へのインターフェイスはどうなっているのか。
ダイクス エクスペディアグループのホテルズ・ドットコムでは、ユーザーが検索を行う際に宿泊施設タイプで「旅館」という項目を選択できるようになった。また、温泉がある施設の詳細ページには「温泉」というアイコンが表示され、温泉の詳細も表示でき、旅館の特徴がユーザーにより伝わりやすいようなインターフェイスへと進化している。
――旅館の食事の見せ方、伝え方は。
ダイクス 朝食付きや1泊2食付きの設定は今までもあったが、あまり詳細ではなかった。間もなく日本語版の管理画面で表示されるようになるが、会席料理なのかビュッフェなのか、またかつてよりさらに細かい食事内容を選択でき、料金プランにひもづけられるようにした。旅館情報の充実と表示、販売機能の強化は、パートナーの皆さまのご協力をいただきながら20年も引き続き進めていく。
20年はエクスペディアグループ内の連携強化にも取り組む。グループ内には「旅ナカ」のアクティビティ・体験や、レンタカー、バケーションレンタルなどさまざまな旅行商材を扱っているサイトがある。航空券、宿泊に加えて、それらを同時に予約できる仕組みの強みをさらに生かしたい。グループ内の民泊仲介業「ホームアウェイ」との連携も強化する。
――トリップ・ドットコムは。
蘇 20年はスポーツ関連旅行が増えるだろう。今、中国ではウインタースポーツがブームになっている。19年の旧正月には日本のスキー場で訪日中国人旅行客の「爆滑り」が見られた。20年はさらに伸びるだろう。12月3日に弊社はJTBとウインタースポーツでの協業を発表した。連携して中国人富裕層を日本のスキー場に送客する。
日本のマラソン大会も人気が高い。中国から多くの市民ランナーが訪日している。連携協定を結んでいる横浜市のマラソン大会には弊社からも誘客した。
中国からの小団体も増えている。2家族とか3世代のグループ旅行だ。富裕層からオーダーメイド型の旅行手配を請け負う数も増えてきている。
――20年のブッキング・ドットコムは。
ブラウンステイン 19年は日本進出10周年だった。20年は日本における次の10年の始まりの年と位置付けている。 パートナーである日本の宿泊施設の皆さまとより緊密な関係を築いていきたい。
20年はオリンピックイヤー。ロンドンや北京、リオデジャネイロで培った経験を生かし、日本の宿泊業界に最大限貢献させていただくつもりだ。25年には大阪万博も控えている。政府目標である「30年にインバウンド6千万人」の達成に向けて協力していく。
最も重要なのは「旅館」だ。インバウンド向けにも日本人向けにも、クリアな情報を提供する必要がある。旅館ではどのような体験ができるのかを、私たちは世界に伝えなければならない。実は19年の春から、草津や箱根、九州などの全国60以上の旅館にお集まりいただき、旅館販売システムの構築に向けたヒアリングを始めた。温泉、日本料理、おもてなし。旅館はエレガントな体験を提供してくれる。世界的にみても稀有な存在だ。
――開発はどこまで進んでいるのか。
ブラウンステイン 19年秋から既存の旅館パートナーに向けて徐々に展開を開始している。さらに全国に広げていきたい。
――旅館を全く知らない欧米人にも分かりやすい予約画面になるということか。
ブラウンステイン 既に利用者の半分が日本からの予約者なので、日本人向けのプロダクト開発を進めているという側面はもちろんある。まずそこを固める。
19年のラグビーW杯で学んだことなのだが、イングランドやニュージーランド、アイルランドから来日した人たちは、旅館に興味を持っているし、泊まってみたいと思っている。夕食の品数の多さや見た目の美しさには驚きを感じている。私たちは、旅館で体験できることをインバウンドの消費者に対して啓蒙(けいもう)していく必要があると考えている。20年は、日本文化の素晴らしさが凝縮された旅館をさらに世界に伝えていく。
――エクスペディアもブッキング・ドットコムも、20年は旅館販売にさらに注力するとのことだが、トリップ・ドットコムはどうか。
蘇 弊社も、日本の旅館業界と積極的に連携を進めて、一層販売に力を入れていく方針だ。19年の特筆すべき出来事としては、「温泉旅館ホテルプロジェクト」の立ち上げがある。19年6月末に、上海本社を全旅連青年部、日本旅館協会の旅館経営者らにご訪問いただき、日本旅館のグローバル販売に向けたシステム開発・マーケティング会議を開いた。そこで「旅館販売システム」構築を進めていこうということになった。
既に、「部屋タイプのプラン」「施設外観や料理写真」「キャンセルポリシー」「食事内容の表示」は実装済みだ。食事プランを選べる機能ができてから、基本プランより高価格のプランが売れ始めている。中国の方は温泉旅館に泊まるからには良いプランの食事を選ぶ傾向がある。また、全旅連からご提供いただいた、写真付きで温泉の入り方を解説する資料も中国のお客さまを中心に、予約確認書を送る際に一緒に送付している。今後、より一層サービス・機能を拡大していくつもりだ。
5G対応
――間もなく日本にも5G時代が訪れる。OTAモバイルサイト、OTAアプリはどのように進化していくのか。
ダイクス 弊社の現在の投資分野は、モバイル、AI(人工知能)、機械学習の三つ。5Gで膨大なリッチコンテンツを流せるようになれば、単に部屋の写真を見せるだけではなくて、部屋や施設の中をVR(仮想現実)体験できる可能性もある。
蘇 中国国内は既に5G回線になっている。アプリやモバイルサイトでは、いかに直感的な形でユーザーに見せるかが大事だ。中国内の数多くのホテルは、写真だけではなくショートムービー(動画)で施設をアピールしている。VRを提供しているホテルもある。航空予約で座席指定をできるのと同じように、シートリップ(注・国内向けブランドはシートリップ)サイトではホテルの部屋番号指定もできるように進めている。
――日本の旅館・ホテルのショートムービーを5Gで流すこともすぐにできる。
蘇 実際に大阪のホテルの動画は数多く撮影済みで、最初の画面で写真よりも動画が先に流れる設定にしている。動画だと臨場感が伝わる。例えば、鉄板焼き。煙と焼ける音が相手に直感的に伝わる。
ブラウンステイン ユーザーの約半数が現在、スマートフォンから予約を行っている。5Gが導入されることで、画像や動画などさらに多彩なリッチコンテンツを提供することができるようになり、旅行者はより充実した情報や旅行体験を楽しめるようになる。旅行に関する予約をさらに簡単にいつでもどこでもできるようになるだろう。
公取委問題
――楽天トラベル、エクスペディア、ブッキング・ドットコムの3社は19年4月、独占禁止法違反(不公正な取引方法)の疑いで公正取引委員会の立ち入り検査を受けた。他OTAとの「最低・同一料金保証」などが宿泊施設と結んだ契約条項に含まれていたことが問題視された。楽天トラベルは同項目などを契約書から撤することを確約し、10月25日に公取委の調査が終了した。エクスペディアとブッキング・ドットコムの現況は。
ダイクス 4月の立ち入り検査の時点から全面的に調査に協力しており、今後もその予定だ。今は粛々と宿泊施設さまと共にビジネスを伸ばし、2020年の4千万人の訪日外国人の国の目標値に向けて精進する。
ブラウンステイン 4月の段階から当局に対しては全面的に協力をしている。現段階でお話しできることはない。状況が変わったらお知らせしたい。世界最大級OTAの一つとして、政府、関係機関とは緊密に連絡を取り、指示に従っていきたい。
良かった旅先、行きたい場所
――最後にプライベートについて聞きたい。19年に訪れて良かった観光地、20年に訪れてみたい観光地はどこか。
ダイクス 極めて個人的な話になってしまうのだが、18年の12月に米国人の父が他界し、日本人の母が今米国で、1人で生活している。両親の世代では旅行はぜいたくなものとされていて、母にはほとんど旅行体験がない。飛行機に乗りたくないというので、母を自動車の助手席に乗せて、米中西部からカナダのモントリオールまで1週間ほどかけてドライブ旅行をした。大切な人と一緒に旅の時間を過ごすことがいかに素晴らしいかを改めて実感した。そしてこのような体験を提供できる業界の一員であることを誇りに思った。
20年はミャンマーに行ってみたい。人気の旅先として今後さらにブレイクする予感のする場所だ。観光地として開拓される直前のリアリティのあるミャンマーをぜひ訪れてみたい。
蘇 国内出張が多く、さまざまな場所を訪れたが、一番印象に残っているのは高知県だ。日本三大清流の一つで、日本最後の清流ともいわれている四万十川が特に素晴らしかった。静かで過ごしやすい。ほっとする場所だった。高知県は日本酒も食事も本当においしい。
日本には数多くの離島があるので、20年は離島を巡ってみたい。特にまだ訪れたことのない屋久島にはぜひ行ってみたい。
ブラウンステイン 大体年に5~6回、家族で国内旅行をしている。直近では佐賀県を家族で訪れて、伊万里焼や有田焼などの陶器に魅せられた。佐賀の昔ながらの旅館に滞在し、現地の旬の食材に舌鼓を打ったり、美しい棚田の周辺をハイキングしたりして、とても充実した旅になった。
20年は、米国から訪日予定の家族を連れて九州を訪れ、阿蘇山を望んだり、大分周辺の水辺を楽しんだりしたいと思っている。私の家族は皆自然が大好きで、来日するたびにさまざまな場所でハイキングをして日本の美しい自然を満喫している。
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