【学術×現場 21】待たせないことよりも、待つだけの価値に着目する 福島規子


 先日、都内のレストランで食事をした。長い行列を横目に見ながら予約席に着くと、卓上には、手のひらサイズの分厚い手帳のようなメニューブックが置いてあった。ページを開くとページごとにドリンク、前菜、メイン、デザートといった文字がしゃれた書体で並び、その下にQRコードが印刷されていた。顧客が自身のスマートフォンでQRコードを読み取り、その場で注文するセルフオーダーシステムだった。

 このようなスタイルは従業員に接することなく注文ができることから、コロナ禍では非接触型オーダーシステムとして注目を集めた。また、業務の効率化、人員削減の観点から、卓上に設置したタブレットから注文を受け付けるスタイルも大手外食チェーンを中心に定着しつつある。

 サービスDXの先駆けとも言えるセルフオーダーシステムは、「忙しくて注文のタイミングを逸してしまう機会損失の回避」「顧客を待たせない分、顧客満足度が向上する」といったうたい文句を掲げているが、前者はともかく、後者の「顧客を待たせていないのだから、顧客は満足している」という論理はいささか詭弁(きべん)のような気がする。

 状況にもよるが、必要以上あるいは理不尽に待たされれば顧客の不満も限界値に達するが、だからといって、待たされなかったことがそのまま高い顧客満足度につながるとは言えない。「不満がない」と「満足している」は別次元での話であり、これらを混同して「不満を言わない客は満足している」と断じてしまうのは早計に過ぎると言えよう。

 アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグは、人は何かを選択する際には「衛生要因」と「動機付け要因」の二つの要因が働くとする「二要因理論」を説いた。二つの要因には、あって当たり前、ないと困る「衛生要因」と、それがあるとやる気になるが、なくても選択する可能性が高い「動機付け要因」がある。職業選択を例にあげると給与や休日数といった福利厚生等はあって当たり前の「衛生要因」なので、これらが整備されていない仕事は選択されない。一方、やりがいなどの「動機付け要因」はあればうれしいもののないからといって絶対にその仕事だけは選ばない、とはならない。

 翻って、レストランで顧客を待たせないのは当たり前のこと(衛生要因)と考えている顧客は、オーダーするのに何十分も待たされたりしたら、二度とその店には行かないと心に誓ってしまうだろう。

 だが、一方で、並んででも食べたいラーメン店や行列のできる店というのもある。待たずに入れればラッキーだけれど、入店するまで待たされて、さらにオーダーするまで時間がかかったとしてもそれでも行くだけの価値(動機付け要因)があれば、人は「待つこと」を苦には感じないのである。

 言うまでもなく顧客自身の能動的選択によって「待つ」ことと、強制的に「待たされる」ことでは、顧客の心情が大きく異なることも事実である。

 今後、セルフオーダーシステムが、顧客が求める真の満足に到達するためには「待たせないこと」を最重要課題とするのではなく、モバイルやタブレットでアクセスした先に「待つだけの価値」をいかに組み込んでいくのかが肝要になってくるだろう。

 福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)、オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。


(観光経済新聞12月9日号掲載コラム)

 
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