【寄稿】ローカル・ガストロノミーツーリズムで「地方誘客」と「高付加価値化」の一石二鳥を 観光学者・ツーリズムデザイナー 山口一弥


オーバーツーリズム対策としての地方誘客

 東京で地下鉄等の公共交通を利用した際に大きなトランクを持った外国人に会わない日はない。急速な観光需要の回復に伴って一部地域に集中する観光客のオーバーツーリズムの未然防止と抑制に向けた対策として、国が令和5年10月18日打ち出した政策が「地方誘客」の推進である。

 森トラストが2024年7月16日に発表した試算によれば、2024年のインバウンド旅客数は2023年比で38%増の3450万人になるといい、過去最高だった新型コロナ前の2019年の3188万人を大きく上回ることになりそうだ。

 しかし、いかにインバウンド旅行者の滞在地域が歪んでいるのかを表した統計がある。観光庁が2024年2月29日に公表した宿泊旅行調査(図表1)によると、外国人宿泊者数の延べ人数について新型コロナから本格的にインバウンド旅行者が回復した2023年(2507万人)と過去最高だった2019年(3188万人)を比較したもので、東京都、京都府、大阪府、広島県、福岡県等の都市部エリアでは2019年を超えとなった。

 

図表1

出所:観光庁宿泊旅行調査(2023年(令和5年)年間値(確定値))

https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001751245.pdf

 

 とりわけ東京都は全国47都道府県全体(117,751,450人)のうちの約3分の1強(47,637,550人)をたった1地域で占め、2019年比では50%近い増加をしたのである。いかに東京にだけインバウンド観光客が集中しているのかを物語った数字である。

 

静岡の天ぷら屋さんがランキングで日本一に

OAD世界のトップ・レストランというサイトをご存知だろうか。

 そのOADのレビュアーランキングで2018年から6年連続第1位になったトップフーディーが日本人の浜田岳文氏である。因みにフーディーとは「食いしん坊」という意味だが、「美味しいものを求めて世界中を旅する人」と日本ガストロノミー協会会長の柏原光太郎氏は「ニッポン美食立国論」(日刊現代刊)で定義している。

 さて、そのトップフーディーの浜田岳文氏の著作「美食の教養」(ダイヤモンド社刊)によれば、「OADは世界を食べ歩いているフーディーによるレストランの評価を集計し、ランキングを発表しており、フーディーの実感に最も近いリストだと思う」と記している。

 長くなったが、そのレストランリストの2024年版(図表2)で静岡の天ぷら屋さんの「てんぷら成生」が数ある東京の飲食店を抑えて日本一にランキングされたのだ。

 

図表2

出所:OAD Top Restaurants 2024 Japan

https://www.oadguides.com/lists/japan/top-restaurants/2024

 

 「てんぷら成生」は静岡市にある天ぷら屋さんで、志村剛生氏がオーストラリア留学中に日本料理店でアルバイトしたことから料理の道に進み、修行を経て2007年に開店し、2014年に現在の静岡浅間神社脇に移ってきた。魚の目利きとして有名な焼津の「サスエ前田魚店」から仕入れた鮮魚や自ら歩いて見出した野菜など静岡の食材にこだわり独学で到達した天ぷらは38,500円(税込、サービス料別)のコースのみである。

 つまり、飲み物を入れれば、2人で10万円にもおよぶ成生の天ぷらを求めてフーディーがわざわざ静岡にまで来ているということなのだ。当たり前だが、てんぷら成生は予約困難店でもある。

 しかも、このリストで2位の天寿し京町店は北九州市小倉のお店、3位の片折は金沢市浅野川沿いのお店、5位の比良山荘に至っては滋賀の山の中で、そこに行くためには京都からタクシーで片道13,000円ほどかかる様な場所で、フーディーがこんな場所まで目指していることに驚かざるを得ない。しかも、どのお店も設定単価は1人3万円以上である。

 

ローカル・ガストロノミーツーリズムで一石二鳥を

 ところで、観光庁が令和3年6月に公表した「上質なインバウンド観光サービス創出に向けて観光戦略検討委員会」報告書では、訪日外国人のカード決済データを基にTier1(着地消費300万円以上)、Tier2(着地消費100万円以上)がどのようなところでいくら使ったのかを分析している(図表3)。

 

図表3

出所:観光庁「上質なインバウンド観光サービス創出に向けて観光戦略検討委員会」報告書

https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001409538.pdf

 

 その中で飲食店に使われた利用額の合計金額は16位でホテル・旅館の4位に比べてもかなり低い。平均金額をみてもTier1が20.8万円に対してTier2はわずか8.7万円である。しかも、滞在中に300万円も消費するTier1に関していえばコンビニや商店での消費額より飲食店での消費額が低い。このようなデータからも利用人数の割に消費額が低いのは日本の飲食店の単価が安いことが要因なのではないだろうか。

 OADにリストアップされている様なわざわざ食べに行く価値がある地方部にある飲食店を「ディスティネーションレストラン」と呼ぶ。ディスティネーションレストランはてんぷら成生の様に、どこもその地域独自の食材を活用した地産地消の実践をしている。飲食は地域の雇用はもちろんだが、農水産や調味料、飲料の生産者、仲買といった食材関係のほかにも食器や調理器具といった工芸やアート、金融決済にまで及び裾野が広く地域への経済波及効果も高い。また、ディスティネーションレストランは単価も高めに設定されており、そもそもフーディー自身が高付加価値な層でもある。

 さらに、ディスティネーションレストランが地域に複数存在すれば食べ歩きにもつながり、相乗効果によって地域への経済波及効果はさらに高まる。あるいは宿泊施設ができれば、ディスティネーションレストランを目的に訪問するフーディーの滞在時間を延長することで消費拡大にもつながる。

 このような地域独自の食文化を観光資源として活用し、点ではなく面で地域全体にトリクルダウン効果を及ばせる取組が「ローカル・ガストロノミーツーリズム」だ。つまり、ローカル・ガストロノミーツーリズムの推進は「地方誘客」と「高付加価値化」の一石二鳥を狙える取組になるはずなのだ。

 
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