昨年の連載で旅館に使用する熱源をバイオマスボイラーでまかなうという新たな取り組みをしている群馬県中之条町のたんげ温泉美郷館を紹介しました。
そんな美郷館に志をもった新入社員が加わりました。22歳の岩佐(いわさ)叡(えい)さん。英語と韓国語が話せて、すらっとしていて柔和な表情が印象的で、笑顔がかわいい男性です。
岩佐さんは、旅館で働くことを強く希望していました。その動機は幼少期に経験した旅館での思い出だと言います。
「両親が子供のころからよく旅行に連れていってくれました。ある旅館での出来事です。夕食の際、待たされる時間が長かったときに、メニューにはないわかさぎの天ぷらを用意してくださいました。子供心に、なんて素敵だろうって、感激しました」。
もちろん、このエピソード以外にも、岩佐さんには旅館でたくさんの思い出深い体験があり、働きたいと強く思うようになっていったそうです。
いま岩佐さんはフロント業務を主に任されています。午前8時から11時半、午後3時から8時までというのが基本シフト。旅館の顔であるフロント業務はプレッシャーもあると思いますが、「旅館の仕事は楽しくて仕方ないです」と瞳をキラキラさせます。
働き始めてから印象に残ったお客さんはいますか、と聞いてみました。
「お一人お一人お顔を思い浮かべていますが、印象深いのは40代のひとり客の女性がお越しいただいた時のことです。来られた時にはお疲れの表情が見えましたが、帰られてからそのお客さまのアンケートを読みますと、お風呂とお料理、雰囲気に救われましたと書いてあって、その時、本当にいい仕事だなと思いました」とほほ笑みました。
「失敗もたくさんしています。でも、自分磨きまでさせてもらえるなんて、感謝しかありません」というので、何が自分磨きなのかを尋ねると、「疲れた時にもそれを表情に出さずに笑顔で迎えるという行為は修行です」だそうです。
美郷館のご主人も「若い子が入って現場の空気も変わり、新しい風が吹き始めました」と話されています。
こんなに初々しいフロント係、こんな心づもりでお客さんに接するスタッフがたくさんいれば、そのもてなしに感動して、次世代の岩佐さんが誕生するに違いありません。
私もそのお役に立ちたいと思っています。本年度も10月から跡見学園女子大観光コミュニティ学部の専門講座として「温泉と保養」の授業をします。学生さんは旅館のお客さんであり、未来を担う人たちでもあります。女子大生が求める温泉地や旅館さんの在り方を、この連載でつづっていきます。
(温泉エッセイスト)