秋田県乳頭温泉郷鶴の湯のご主人、佐藤和志さんが秋田県文化功労章を受賞されたと聞いて、胸が熱くなりました。温泉文化を世に広めたことがたたえられたそうです。
佐藤さんといえば、乳頭温泉郷をここまでの著名にした立役者であり、秘湯の存在価値を築いたのが鶴の湯であることは読者の皆さんならご存じでしょう。日本人の魂に触れる温泉文化を“鶴の湯”で伝え続けてきたのです。
鶴の湯は廃虚寸前までほおっておかれたものを佐藤さんが昭和58年に譲り受け、そこから見事に再生させました。
実は鶴の湯は、私が初めて温泉取材をした思い出の場所でもあります。田沢湖駅から公共のバスとマイクロバスを乗り継いで40分ほどかかり、途中からは砂利道が延々と続く。20年以上前の初取材の時は、いったいどこへ連れて行かれるんだろうと不安になりました。鶴の湯に到着すると、黒く大きな門がそびえ、その奥には時代劇で見た宿場町のような風景が。まだバブルの香りが残っていましたから、そのひなびた感じに一層、衝撃を受けたものです。あの日は雪がしんしんと降り積もり、辺りの音を雪がかき消し、別世界の静けさもありました。
秋田訛(なま)りの佐藤さんが、「日本人はね、漬かってざぶ~んってお湯があふれる、あれがないとね」としみじみと話して下さったことがあります。鶴の湯の内風呂やもう一つの宿、駒の湯山荘にも青森ヒバや檜(ひのき)の木の湯船があります。
たっぷりとしたお湯が湯船に注がれるどぼどぼという音。漬かるとあふれ出すざぶ~~~んという音。このぬくもりのある音が天井に響きわたり、湯煙越しに耳に届いた時の幸福感たるや、日本人で良かったと感じる瞬間です。
取材を通して佐藤さんからは、混浴露天の風景を守ること、木造のお風呂の構造、郷愁を湧きたたせる秘湯づくりを取材を通して教えていただきました。
私の師匠です。
理想とするものを全て具現化して、日本有数の秘湯にした佐藤さんの手腕は優れた経営者そのもの。でも私にとっては尊敬するクリエーターです。佐藤さんが手掛けたお風呂なら、私はすぐに分かります。それは佐藤さんの「作品」だからです。
一昨年、佐藤さんと大曲の花火を見上げたことがあります。「この創作花火がいいんだよねぇ」と、佐藤さんが上機嫌でおっしゃいました。大曲の創作花火は3分間のミュージックスターマインです。テーマに合った音楽の選曲、打ち上げられる花火の構成など、一つとして同じスターマインはありません。花火のモチーフも雪、流星群、ひまわりなど多種多彩。曲に乗って軽やかに、自由に表現される花火に私も強い感銘を受けました。なるほど、温泉への思いをお風呂で表現する佐藤さんが創作花火がお好きな気持ちは理解できます。
どこの宿でもよくあるお風呂、すなわち差別化できていない宿では、お客さまに選んでいただけません。宿側が個性を発揮すればするほど、そこにはファンが生まれ、リピーターになってくれるのです。
先日、宿泊産業の要となる方が、「いま大切なのは旅館の地位向上」と話されているのを聞きました。それは私自身も強く思い続けてきたこと。
どうしても温泉や旅館・ホテルは遊興の場という見方をされ、素晴らしい功績を立てても、その土地の人への評価が得られない事例をよく見受けます。
ですから今回の佐藤さんのように、ご自身の温泉への哲学を宿で表現されて、それが温泉文化に大きく貢献したと高く評価されたことが、私はうれしくてたまりません。
佐藤和志さん、おめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます。
(温泉エッセイスト)