今回は、日本のインバウンドをけん引してきたレジェンドの話をつづります。
その方とは、東京谷中にある澤の屋旅館の館主・澤功さん。VISITJAPAN大使の1人でもあります。澤の屋さんは拙宅(せったく)から徒歩圏内にありますので、4月15日にテレワークをしてきました。
訪ねると、フロントにマスク姿の澤さんがおられて、開口一番「お客さんがゼロになってしまいました」と、寂しそうなお顔。3月は前年度比33%、4月はとうとうゼロだそうです。
「東京オリンピック・パラリンピックに向けて予約されていたお客さまで、9月まではまだキャンセルが入っていないんです」と予約帳を見せてくれました。
「海外からのお得意さんが帰って来た時に、ちゃんと澤の屋で迎えたいと思って、踏ん張っています。うちのような小さな宿でも外国人を迎え入れられることを示そうと、ずっと先頭を走ってきましたから、なんとしても生き残りたいです」とおっしゃいます。
そのための策として、澤の屋さんは4月3日から貸し切り風呂を1組45分大人500円、子ども300円(税込み)で貸し出すことにしました。
大々的に宣伝しているわけではありませんが、澤の屋さんのSNSで告知をすると、1日7組ほどのお客さんが来るようになったそうです。
お風呂に来たお客さんから、「部屋が空いているなら、テレワーク用に部屋貸しをしたら」とアドバイスをもらい、4月9日から部屋貸しも始めました。午前9時から夜7時まで、1部屋利用できて1人3300円(税込み)。館内はフリーWi―Fi完備。テーブルと椅子があり、コーヒーと茶が無料で飲めるロビーも使用できます。加えて、貸し切り風呂にも入れます。部屋貸しは、まだ周知されていないのか、予約の足は鈍いですが、貸し切り風呂は地域の人が来てくれているそう。
「3回目というお客さんもいます。入浴を始めて、すぐに森まゆみさんが来て下さって、広げてくれました」
作家の森まゆみさんは伝説の雑誌「谷根千」を立ち上げ、東京の谷根千の知名度を上げた方。確かに森さんのツイッターで拡散されていました。
澤の屋さんは夕食を出していません。お客さんには、地域の地図を渡し、外に食べに行ってもらう。地域と共に外国人を迎えてきたという積み重ねがあります。
「澤さんとこが困っているようだから、行ってあげようって、地域の人が来てくれるんです。今、また地域に助けられています」
澤さんは「これを見て頑張っているんです」と持ってきてくれたのは、東日本大震災の時に、常連さんが送ってくれた励ましのメール100通分が印刷された束でした。
最後に、澤の屋旅館さんでのテレワーク体験を記します。家にこもることに飽きてきた。もちろん旅や取材で出歩いてしまうと、人さまに迷惑がかかるという自制心はある。その狭間でもがいていた私の気持ちを潤してくれたのが澤の屋さんのテレワークでした。澤の屋さんを訪ねる前夜は、久しぶりに心弾ませながら荷造りしました。
仕事をする環境が整った宿で4畳半の部屋を1人で使える気楽さ。最初に料金を払えば、あとは人に会うこともない。庭が見えるお風呂に入る極上時間。これにより集中力が高まり、充足感を得ました。
刻々と状況の変化はありますが、4月15日の時点で私が感じたことです。
今回のテレワークの定着で、働き方に変化がありそうです。環境省が温泉地にワーケーションの推進をしています。自然環境豊かな場所で、家族も楽しめながら、その脇で仕事をしていられる。今後、そんなニーズが高まりそうです。 (温泉エッセイスト)