
私がコーディネーターを務める「アフターコロナ・ウィズコロナ時代の観光」も今号で2回目。今回は旅館再生をテーマとした新作「ラストチャンス 参謀のホテル」や、ゆとり世代が老舗ホテルを立て直す「リベンジ・ホテル」などを書かれている江上剛さんにご登場いただきました。
江上さんとは、2009年に出版した拙著「ラバウル温泉遊撃隊」(新潮社)を書評してくださったご縁で交流が始まりました。
もともと江上さんはすご腕の銀行員で、高杉良さんの小説「金融腐蝕列島」のモデルとしても知られています。銀行員時代に「非情銀行」で作家デビューされたのが49歳。その後、日本振興銀行の社外取締役、取締役兼代表執行社長も務められました。昨年、テレビ東京ドラマBizで「ラストチャンス」が仲村トオルさん主演でドラマ化されました。特別出演された江上さん扮(ふん)する銀行の社長が記者会見するシーンで、マイクを前にフラッシュを浴びる江上さんの空間だけフィクションではなく、現実として見えたのはその経歴ゆえでしょうか。
そんなすご腕バンカーでもある江上さんに、「旅館は装置産業と呼ばれますから、旅館の方々は銀行との付き合い方を悩んでいらっしゃいます。付き合い方のコツは?」と、聞いてみました。
すると「銀行は人を見ていますよ。その人が誠実かどうかです。銀行員時代の私は、業績が悪ければ悪いほど、現地に赴き、社長だけでなく役員やスタッフに会いました。数字だけでなく、従業員の資質や気持ちを見ていました。あと、会社はわがものという考え方ではなく『預かりもの』と考えてほしい」
「また経営状況が悪ければ、その現状を従業員に伝えることも一つの方法だと思います。率直に明かし、一緒に乗り越えてもらうのです」
実は対談させていただいたその後に読売新聞社で「アフターコロナの日本経済と地域経済を考える」と題した江上さんの講演がありました。そのときの発言で心に残った言葉を列記します。
「コロナにより社会的弱者が声を上げ、その声が大きくなるだろう。今後、経営者はハラスメントにより気を付けなければならない」
「エッセンシャルワークか、エッセンシャルな企業かどうか。社会的に存在しているかどうか。社会にとって不可欠かどうか。会社は誰のものなのか。それを考える時代がやってきた」
リモートワークやワーケーションなど、働き方の変化を前にして、こんな話もされていました。
「会社では忖度(そんたく)する人が出世するが、リモートワークが定着することで、異能の人が出てくるだろう。東京に住まなくていい分、才能がある人が地方に移ってくるだろう。地方はそのような異能の人を呼び込むことで発展する」
江上さんの小説もぜひご一読ください。小説ならではの人間のドラマ、そして宿泊業を営む妙味が描かれています。実務的にも参考になると思いますが、それだけでなく宿泊業で汗を流す喜びも感じ取れる作品です。また現在、江上さんが新聞連載している会津の旅館を舞台にした「再建の神様―絆を求めて」は来年刊行の予定です。
実は私は大学を卒業してすぐ、物書きになる前に築地の水産会社で2年ほど働いていました。気風のいい“魚河岸”の人たちとの触れ合いは、私の青春時代の宝物です。そのころ、総務部にいた私はメインバンクである第一勧業銀行の築地支店に通っていましたが、そのときの支店長が江上さん。不思議なご縁を感じています。
(温泉エッセイスト)