世がコロナ禍に見舞われて間もなくの頃から、「新型コロナウイルスへの経営対応」をテーマとし、そのもとに丸3年、70回余り続けてきた。現在も新型コロナウイルス感染症が完全に無くなったわけではないが、もはやこの題のもとに話を展開していく意味は薄れてきたと思うので、今回より標題を付け替えることにする。ただ、経営が「…頼みから抜け出す」ことの重要性と、そのための原理原則は、コロナ下であろうとなかろうと変わりないので、話の中身はそのまま続けていきたい。というわけで、引き続き高付加価値化のための方策について考えていく。
(5)食事
食事、とりわけ夕食は、旅館での宿泊滞在中のメインイベントである。これをどう演出するかで、旅館の価値は大きく変わる。
旅館で提供する食事(料理)の価値観は、団体旅行全盛期と今とでは大きく変わった。昔は、始めに豪勢な「ご馳走(ちそう)」が並んでいることが「贅沢(ぜいたく)感」に直結していた。今は(というより、20~30年ほど前から)、一品ずつ味わい、献立をストーリーとして楽しむことに軸足は移っている。だがそれでもなお、最初からたくさんの料理が並べられている旅館は多い。
「そうしないとお客さまから不満が出る」との声をしばしば聞く。だがそれは、言い方は悪いが「そういうお客さまが中心になっているから」である。さらに辛辣(しんらつ)なことを言うなら、そういう客層に付き合っていては、いつまでたっても高付加価値化は実現しない。
「ウチは別に格式の高い旅館ではないから、一品出しなんかしてもしょうがない」という意見があるかもしれない。しかしそれは逆である。むしろ料理提供のあり方を変えていくことこそが、旅館の品位向上、高付加価値化へ踏み出す突破口になると考えたい。
最大の壁は人手の問題だろう。確かに料理提供に要する人手は多くなる。だが最近、個人客化に対応してこれに取り組んだ旅館も多く、いくつかの工夫を加えた結果として言えるのは、事前の「料理付け」にかかる労力と、後から出す料理の増えた分にかかる労力とで、そう大きな違いはない。他方で、後から出すことによる効用は計り知れないものがある。第一、料理がそれだけおいしくなる。また後から供し、説明もその都度行うことで、一つ一つの料理の粒立ちが良くなり、印象に刻まれやすくなる。そして質の高い食事に慣れた人ほど、そのような丁寧な出し方をリスペクトしてくれる。つまり、料理の価値が高まるのだ。テーブルや膳のサイズも小さくて済む。
さらに、極論すれば料理提供が「作業」から「サービス」…否、「おもてなし」に変わる。考えようによっては、これは旅館の原点ともいうべき「おもてなし文化」を再び築き直すことにつながる。また従業員の「やりがい」を引き出せる可能性も生まれる。
高付加価値化とは、ある意味で「文化性を高めること」であり、食事においてそれは、目にし、食するもの一品一品に、文化的な「意味」を持たせていくことだ。「一品出し」は別に目的ではない。そうしている旅館でも、さして心に残らない食事はいくらでもある。「それによってどんな価値を生むか」、と考え抜くことこそが大事なのである。
(リョケン代表取締役社長)