ニシンとリンゴとウイスキーの町
夏はお盆、祭り、花火、甲子園などふるさと意識が呼び覚まされる季節である。毎年7月上旬、北海ソーラン祭りが催される、かつてニシン漁で栄えた余市もそんな町の一つで、ソーラン節発祥のふるさとは歌と踊りと花火で沸き立つ。
大漁続きのニシンが途絶えた町を支えたのは、戊辰戦争に敗れて入植した会津藩士たちが苦労を重ねて育てたリンゴである。
このリンゴの里に、スコットランドでウイスキーづくりを学んだ竹鶴政孝氏が気候、風土、水などウイスキー醸造の理想の地として移住したのは昭和9年。当初の大日本果汁会社の経営をリンゴジュースでしのぎ、ニッカウヰスキーに発展させた物語は一昨年のNHKテレビ小説「マッサン」で広く知られた。
観光ブームがひと段落の町に降り立つと、駅の正面に石造りの正門が見えて、その先に赤いトンガリ屋根と灰褐色の壁の北欧の城館を思わせるメルヘン調の建物があった。思いのほか観光客が多く、外国人もずいぶん見かけた。
ガイド付きで蒸溜から発酵、貯蔵など蒸溜所内を見学後、試飲コーナーでゆっくり味わう。醸造の苦心を知ればひと味深い。故国を離れて日本で結婚、生涯を共にしたリタ夫人との愛情物語も心にしみた。
彼女をしのび名付けられた並木と花壇のリタロードにはリタ幼稚園やリタブリッジ(余市橋)。手前には日本人初の宇宙飛行士、余市生まれの毛利衛氏の偉業を伝える余市宇宙記念館(スペース童夢)があった。
余市川を渡った先には弁財船や生活用具、資料展示のよいち水産博物館。海沿いには交易の取引所だった場所請負人の旧下ヨイチ運上家や、漁場経営の暮らしぶりを伝える豪壮な建物の旧余市福原漁場など重要文化財指定の歴史的建造物が目をひいた。
1世紀以上も昔のニシン漁の繁栄がウイスキーのように深い琥珀色を帯びて見えるのだった。
(旅行作家)
●余市観光協会TEL0135(22)4115