観光の未来を切り開くパートナー
JTB協定旅館ホテル連盟の2022年度通常総会が6月8日に東京都新宿区の京王プラザホテルで開催される。これまでコロナ禍で中止が続き、リアル開催は実に3年ぶりとなる。この総会に向けJTBの山北栄二郎社長とJTB旅ホ連の大西雅之会長が対談し、反転攻勢に向けた宿泊増売の取り組みや相互連携の強化について率直に語りあった。
――(司会=編集部・板津昌義)2021年度の国内旅行はどう動いた。
山北 コロナ禍になって2年目の年、年間の4分の3が緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などの発出が続き、浮き沈みが激しかった。ワクチンの接種も進み秋口からの回復を期待したが、再びオミクロン株が拡大した。3月下旬からまん延防止等重点措置の解除が行われ、徐々に上向いてきている気配を感じている。
JTB社長 山北栄二郎氏
――宿泊施設から見てどんな状況だったのか。
大西 宿泊業界の数字だけ見ると20年度より少しいいと思う。ところが経営ははるかに厳しい状況に追い込まれている。長期間のコロナ禍の負債が積み重なってきている。宿泊業は、もともと設備産業で負債比率の高い業種だが、大型旅館などは耐震改修などもあって、多重債務が重くのしかかっている。みんなだんだんと下を向いてものを言わなくなっている。経営者も社員も非常にマインドが低下した1年だった。
JTB協定旅館ホテル連盟 会長 大西雅之氏
――そういった環境の中でJTBの国内旅行の販売はどう推移したのか。
山北 21年度の国内旅行は低空飛行が続き、JTBの売上高もコロナ前に比べると19年比3割程度の水準であった。法人旅行はまだ動きが鈍いが、教育旅行は少し動いた。変更、取り消しを繰り返し、学校もわれわれも大変だったが、一定程度の学校数の取り扱いができた。宿泊販売はまん延防止等重点措置が解除され、3月以降、少しずつ良化してきており、団体宿泊券では19年度比約46%近くまで回復した。また例えば、個人旅行の販売チャネル別ではネット販売のJTBホームページや「るるぶトラベル」などは50%を超えてきている。高品質旅行専門店「ロイヤルロード」の販売も比較的好調で約80%という状況だ。
大西 修学旅行については、全部消えていくかと思ったが、方面を変更したり日程をずらしたりしてなんとか催行に結び付けてもらった。ご尽力いただき、感謝申し上げたい。
旅ホ連はこの2年間、コロナを乗り切るという大きな決意のもと、持てる財源のすべてを投入し、JTBとの協業施策を実行してきた。あまり効果の見えない施策はすぐに効果のある施策に振り替えるなど非常に臨機応変に取り組めた。
JTBと共に進めている「ならではの価値となる地域のコンテンツ開発事業」は3年目になる。単なる地域づくりといったあいまいなものではなく、最終的に商品化するのが目標だったわけだが、各支部が熱心に取り組んでくれて非常に魅力的な企画が多々出てきている。
また、コロナ禍の中でやむを得なかったがJTBとのリアルなコミュニケーションが少なくなったので、これをしっかりと強化することを目標にやってきた。現地研修や個人宿泊研修に補助を出したのだが、本当に多くの社員が研修に参加してくれたことが成果だった。
山北 協業施策については、お互いの力を出し合い、法人、個人の連携施策と各支部の地域連携、それから各支部の観光コンテンツ開発という三つをテーマに行っており、旅ホ連から支援を受けた額の十数倍もの宿泊販売ができた。具体的な話としては、北海道支部と青森支部による「北海道・北東北の縄文遺跡群を巡る縄文パスポート」や、沖縄支部の「星空アプリ」など25の支部で新しいコンテンツの開発に向けて取り組んでおり、非常に大きな成果だ。
――22年度の市場環境の見通しについては。
山北 これからまん延防止等重点措置が繰り返し発出されることはないという想定のもとで、国内の移動需要については19年度比90~100%の水準まで回復すると予測している。法人やイベントの需要も徐々に回復に向かっていくだろうから、政府の支援施策がどうしても必要だ。
訪日インバウンドマーケットは政府が30年に6千万人という目標を下げていないので、政府や各地域がインバウンドにかかるさまざまな施策や取り組みの検討を始めており、水際の緩和も具体的に進み始めている。
大西 夏に近づく中でマスコミの論調も変わってきたし、それによって世論の変化もあった。国の方も大きく経済活動にかじを切り始めているのはとても明るいニュースで、いよいよ第6波を越えて、さあこれからというのが今の状況だ。
政府の「Go To事業」が動き始めた時に大きなピークが来る。今までの数字の7~8割ぐらいの状況がしばらく続くのではないか。そこでどう生き残っていくかという時代に入っていく。
コロナ禍で消費者の意識やライフスタイルが大きく変化した。安全や衛生の意識が高くなってしばらくはまだ感染をしないための行動が継続する。また、デジタル化が一挙に進んだ。それによって価格や旅行手段などがダイナミックに、タイムリーに変化する時代が来た。自然志向、体験型志向なども出ている。
どちらにしても国内観光だけでは、それも個人の国内観光だけではわれわれ宿泊業界はやっていけない。訪日インバウンドと団体の復活が大きなキーになる。JTBに大きな期待を寄せている。
今、われわれの現場である観光地が傷んでいる。だが、傷んだままにしておくわけにはいかない。コロナ禍で金融政策や補助金がこれほど潤沢に出ている時期は今をおいてないので、これを有効に活用して、宿泊施設や観光地は新しい時代に向けた業態の転換などを図っていくべきだ。
――国内旅行販売にどう取り組むのか。
山北 観光産業全体がこの2年間で大きく傷んだ。産業全体をしっかり盛り上げていかなくてはいけない。
JTBでは、まずデジタル化することによって今までと違うお客さまとの接点の持ち方、本来の接客の在り方などに取り組んでいる。これが具体的にだいぶ進んできて、例えば、高額商品を購入するお客さまに向けてセグメントごとのコンシェルジュサービスを行ったり、旅ホ連と連携してJTBの各拠点が地域の魅力を発信していける仕組みを整えたりして、お客さま接点を強化している。来店可能な時期になって以降、店頭のお客さまは減っていない。オンラインとオフラインが一連でつながる「OMO(オンライン・マージズ・オフライン)」という考え方でお客さま体験を良くすることが一番の強化ポイントだ。
一方で観光地側のデジタル化を進め、お客さまが移動や宿泊、現地での体験をワンストップで申し込めるよう利便性を高めていく。観光事業者による旅ナカ商材をさまざまなオンライン販売チャネルで流通可能にする「ツーリズムプラットフォームサービス」の仕組みを完成させたい。さらに数だけではなく、そこでの消費額や消費の質を高めていく流れにつなげていく。
JTBはこれからもサステナブルツーリズムを追求していかなくてはいけないという強い思いを持っている。今回、JTBグローバルマーケティング&トラベルでは、サステナブルツーリズムの国際認証Travelifeの最上位認証(Certified)を取得した。ISO26000とグローバル・サステナブルツーリズム協議会(GSTC)国際基準に則った200を超えるTravelifeの基準に準拠していることを認められての取得だ。日系の旅行会社では2社だけだ(22年4月現在)。世界のサステナビリティに対する意識は非常に高い。サステナブルツーリズムを推進している国だということが日本のブランド向上にも非常に大きくつながっていく。
大西 SDGsをビジネスに生かす発想が不可欠だ。JTBグループが今回いち早くTravelifeの最上位を取得されたのは、本当にすごいことだ。宿泊施設や観光地ではまだサステナブルな取り組みが遅れているので、旅ホ連にも広げていきたい。
それから先ほど社長から話があったようにお客さまからのオンライン相談などに対して、地域に一番近いわれわれ旅ホ連会員が参加し、新しい情報をしっかりと提供していく。例えば、お客さまがJTBとリモートで商談をしている時に「地域で体験をやりたい」と言ったらその地域のガイドなどが商談の中に加わって「こんなことができる」「こんな魅力がある」というようなことを現地から伝える。それはまさに「JTBならでは」のものだ。ただネット上で検索して買うというOTAとは質の違った販売ができる。今年はそういうことに取り組んでいきたい。
――宿泊販売の取り組みは。
山北 今まで話したようにカスタマーエクスペリエンス、つまりお客さまの体験価値を良くすることで販売を伸ばす。リアルとの連携という流れの中で宿泊増売を図っていく。ただ単に販売するのではなく、顧客マーケットを把握した取り組みで増売につなげていく。22年度の宿泊販売は、22年度国内旅行取扱額の計画に則し、19年度比98%をベンチマークとした目標とする。
大西 今の山北社長のお話から販売への強い攻めの姿勢を感じた。今回、高い目標も掲げていただいていることに心から感謝を申し上げたい。
――JTBは22年3月に創立110周年を迎えた。
山北 110周年のテーマを「Creating a Sustainable Tomorrow」とした。われわれJTBが地球の未来にコミットしていく。こういうテーマで次の世代につなげていくことを進めていく。コロナ禍のこの2年間で旅のあり方や意味などいろいろなことを考えさせられた。産業全体を未来に向けていかに発展させていけるかがわれわれの課題だ。
大西 やはり社会に必要とされ貢献されてきたからこそ110年歩んでこられたのだと思う。心からお祝い申し上げたい。110周年のテーマを私なりに訳してみたのだが、それは「JTBが目指す未来につながる旅と交流」。旅だけではなくて交流だということ。山北社長の考えをしっかりとわれわれも意識していきたい。
JTB旅ホ連も67年になり、110周年の中で多くの時間を共に歩んできた。われわれ旅ホ連も100年に向けて、観光の未来をともに切り開くパートナーであり続けたい。
――改めてJTBと旅ホ連の連携について考え方をうかがいたい。
山北 旅ホ連の会員はわれわれにとって重要なパートナーだ。年始の「JTBグループ・ニューイヤー・パートナーシップ・ミーティング」で、JTBから会員の皆さまへ「新・4つのお願い」を申し上げた。
例えば、「DMC支店・各地仕入販売部との連携強化」のお願い。JTBでは「発着連携」「法人と個人の連携」「国内と海外の連携」という三つの大きな連携プログラムを走らせている。例えば、発と着の連携の中では、仕入の組織に地域の視点を取り入れた。旅ホ連会員の皆さんは地域とのつながりが非常に強いので、地域の仕入機能を持つ個所が会員と直接向き合って一緒に地域を活性化するような動きを強化していきたい。こうした取り組みの結果、自然と旅ホ連会員の売り上げが上がっていく流れになる。
大西 山北社長から「新しい4つのお願い」をいただいた。これは変な言い方だが、旅ホ連としてはすごくうれしい。「われわれにできることがもっとあるはずだ」「もっと共に協業できる役割を与えてほしい」とずっと思ってきたので、トップミーティングで要望した。新しい4つのお願いという形でJTBから具体的に示されたことで、非常にわれわれは取り組みやすくなった。JTBのさまざまな方針にしっかりと連携していきたい。
JTBは以前からソリューションビジネスを掲げ、取引先の企業や地域などにソリューションを提供してきた。そこで、われわれ旅ホ連会員の課題解決にも力を貸してほしいというお願いをしてきた。その要望を受けて、JTBでは、宿泊施設が抱えるさまざまな課題に対するソリューションの提供を始めてくれた。具体的には人手不足の問題、それから業界として遅れているデジタル化の問題など。
例えば、多様化するPMS(宿泊施設管理システム)にサイトコントローラーや多言語翻訳チャットなどをつなげる「データコネクトHUB」というシステム。これはまだ実証実験段階のようだが、実現すれば、ものすごく作業効率が良くなるし、お客さまサービスの向上にもつながる。人材不足の問題についてもJWソリューションとの人材マッチングの実験や、観光専門学校JTBトラベル&ホテルカレッジとの合同の就職説明会などが進んでいる。
このような対談の中でお願いしてきたことが実現できていることに感謝している。
山北 旅ホ連の皆さまとざっくばらんに話ができる関係ができて私も大変うれしい。先ほど事例として挙げていただいた、宿泊施設の業務効率を高めるシステム提供も以前から必要性を強く感じており、こういった分野に強みを持つJTBビジネスイノベーターズという会社で開発してきた。これにとどまらず決済やデータ管理などシステム面でもお役に立ちたいと考えている。
去年4月から新たな事業領域としてエリアソリューションという、主に地域の観光振興に関わる事業を定義した。観光地のDX化や整備事業、旅ナカコンテンツの開発などが主な事業内容となるが、一番重要な宿泊施設に対してどういったソリューションがありうるのかを一緒に考えていきたい。DXや人材育成の課題に加えて旅ナカシーンで単価を上げ、アクティビティを組み合わせて滞在日数を延ばすようなこともソリューションの一部だ。そういう課題を率直に話していただいて、同じマインドをもって解決に正対していく。この関係をどれだけ作っていけるかが一番重要だ。そういう意味ではこの1年、非常にいい取り組みができたし、今後も共に進めていきたい。
大西 山北社長が率直にとおっしゃっていただいて本当にありがたい。われわれはDXといっても、どう取り組んでいいか分からないというレベルだ。これは旅館・ホテル業界だけではなく、バス業界など観光関連分野からも同じ話を聞く。だから今後は、どうDXを推進していったらいいかというようなアドバイスやコンサルティングなどもお願いできればありがたい。
山北 本当にさまざまな課題がある。例えば、JTB商事では施設の魅力付けといったことにも取り組んでいる。ここにいるお客さまを旅先に送り出す「送客」だけではく、「誘客」へと概念を変え、お客さまをいかにその地域に引っ張ってくるかを、施設や地域の魅力づくりを含めて一緒に考えていきたい。こういった考え方のもとでさまざまな協業のアイデアが生まれてくるのではないかと期待している。
大西 「今年度の宿泊販売の目標はコロナ前の19年度比98%をベンチマークとした」と聞き、この時期にこんな高い目標を掲げるのかと、ありがたい意味で衝撃を受けた。JTBにはさまざまな販売チャネルがある。国内、海外、インバウンド、また団体もあれば個人もある、Webもあればリアルもある。こういう多様な販売チャネルをしっかり活用してこの目標に向かって一致団結してやっていきたい。
山北 単純に宿泊販売目標数値を追うだけでなく、宿泊施設とともに地域の開発も進め、中身も高めていく。旅ナカ事業については先ほども触れたが、観光地のデジタル化支援事業としてツーリズム・プラットフォーム・サービスを構築、推進している。JTB BOKUN(ボークン)やグッドフェローズJTBといった、アクティビティや入場施設のプラットフォームに参画する観光事業者を増やし、お客さまが現地で回遊できる仕組み、滞在日数が延びる仕組みを作っていく。
――一方、旅ホ連からJTBへの要望は。
大西 今、旅ホ連の企画委員会での一番のテーマは、客室の在庫管理を有効にスムーズに行いたいということ。これは私が企画委員長をやっている頃からのテーマなので20年来、さまざまな環境の変化の中で語られてきている。デジタル化が進む中でよりスムーズな管理を進めてもらいたいという思いがある。この議論の中で若い人たちには「出し入れ自由な在庫にしてほしい」という意見もあるが、私の考えは、責任販売のリアルな旅行会社と、自由度は高いが利用者責任が原則の場貸しサイトであるOTAと同じ土俵では語れないと思っている。どちらもなくてはならない。旅ホ連は経済団体である以上、JTBとウイン・ウインの関係を作るために理解しあわなければいけない。ウイン・ウインを壊さないでもできる改善を進めたい。
例えば、昔から宿泊業界では「事件は土日に起こる」と言われている。土日が一番混むのだが、その土日の客室の増室、返室などの処理が今は速やかにできないため対応が遅れてしまう。このようなことはなんとか改善をしていただきたい。JTBでは24年に稼働予定の新・客室在庫システムの準備を進めており、その問題解決についても検討中だと聞いている。
過去に、平日手数料の値下げやオーバーライドコミッションの撤廃協議など、厳しいやり取りになる時もあったが、しっかりとコミュニケーションをとりながら良い方向に向かっていける関係をこれからも築いていきたい。これは今のOTAにはない、われわれとJTBとの関係だ。
山北 マーケットの動きをわれわれがしっかりととらえる。そこに訴求する商品、サービスを提供するためには宿泊施設の皆さんとのパートナーシップが必須だ。在庫という形で部屋を預かり、これを売りやすい形でマーケットに出していく。お客さまのご要望に対して、最適な形で部屋の魅力を見せていくためには、宿泊施設との連携をより一層強めていかなければならない。
先ほどの土日に事件が起きる話は私もよく認識している。大きな障壁になっているのはデジタル化の遅れだ。土日はコミュニケーションを減らしてもいいと考えているわけではなく、コミュニケーションをとれるような状況をつくるためにも、ある程度データ連携をすることが大事だ。そういう体制を整えていかないと根本的に解決しない。
こうした問題を解決するには旅ホ連と率直に話ができる関係を作ることに尽きる。課題もどんどん変わるし、これから着手しなければならない課題も多い。地域にどうやったら人が来てもらえるか、その地で地域経済をどう回していくか、こういうことまで一緒に考えるパートナーとして、隠し事なく本音で話をしていくことが解決の糸口になるだろう。そして実際にいろいろな話し合いができつつある。
大西 われわれ宿泊施設もJTB側に頼っているだけではダメだ。4月の正副会長会議の中でJTBに「もう少し事務手続きのスピードを上げてほしい」と要望したら、JTBの担当者から「もちろんその努力をするが、例えば、今はWebで返室や増室の依頼ができるのに、現実はFAXがこんなに来る」と言われた。
まだFAXなんだ。デジタル化が遅れている。こういう状況でわれわれが一方的にスピードアップしてほしいというのは少し努力不足だ。この辺をしっかり改革していかなければならない。
――総会に向けたメッセージを。
山北 6月の総会開催については誠におめでとうございます。なかなかリアルで開催できなかった中、今回開催されることは非常に喜ばしい。これまで67年もの間共に歩んできたので、今後も当初の目的であった宿泊増売、地域振興・観光振興、そして観光人材の育成のテーマを一緒に進めていきたい。
大西 繰り返しになるが、このコロナ禍においての高い宿泊販売目標は衝撃を受けた。JTBの強い決意を感じる。次の総会は3年ぶりのリアル開催だ。JTBとのリアルなコミュニケーションを、そして会員同士のリアルなコミュニケーションをどれほど会員が切望してきたか。この果敢な宿泊販売目標に皆奮い立っているので、ぜひ、達成に向けた決起大会にしたい。
相互連携を誓ってがっちり握手する2人