【私の視点 観光羅針盤 140】アニマルウェルフェアと観光 石森修三


 東京・上野動物園の2017年度の入園者数が6年ぶりに400万人を超えたと報道されている。ジャイアントパンダのシンシンとシャンシャン親子が人気を博しているためだ。400万人超えは11年度にリーリーとシンシンを公開して以来のことで、抜群のパンダ効果を裏付けている。

 上野動物園が抜群の集客実績を挙げている一方で、札幌の円山動物園は現在、新しい基本構想を策定中だ。

 その中心的課題は「集客至上主義からの脱却」と「動物が暮らしやすい環境づくり」である。今秋に基本構想をまとめるとともに、全国初の「動物園福祉条例(仮称)」の制定を目指している。円山動物園の動きについては今秋に再度取り上げたい。

 日本でもようやくアニマルウェルフェア(AW=動物福祉、家畜福祉)が重視されるようになってきた。日本では「福祉」というと社会保障などの人間の福祉が前提になりがちなので、「家畜たちの健康と福祉」を意味する家畜福祉はアニマルウェルフェアと表現されている。

 英国では1964年に主婦であったルース・ハリソンさんが「アニマル・マシーン」と題する本を出版して、家畜を経済動物として酷使する近代畜産の悲劇を告発した。この本の序文を書いたのは62年に米国で「沈黙の春」を出版して、農薬などによる環境公害を告発したレイチェル・カーソン女史であった。

 ハリソンさんの本が出版されてから家畜をストレスのない快適な環境で育てるアニマルウェルフェアへの関心が高まり、経済効果という狭い見地からだけで酪農・畜産問題を考えることが是正されるようになり、欧州で家畜飼育に関する法規制が強化された。

 遅ればせながら、日本でも近年アニマルウェルフェアが重視されるようになったわけだ。家畜をよりストレスのない自然な状態で健康的に飼育することが、結果としてより安全な酪農・畜産食品を生み出し、人間の健康に結びつくことが理解されるようになってきた。

 現在の日本ではインバウンド観光立国政策が強力に推進されており、20年にインバウンド4千万人、30年に6千万人という政府目標の実現が図られている。ところが現時点においてすでにインバウンド激増によるさまざまなストレスが日本の各地で顕著に生じている。

 観光においてはゲストの満足度を高めることが大切であるが、その前提としてホスト(地域社会)の側のウェルフェアが良好であることが不可欠だ。

 ホストとゲストの双方が「感幸」を実感できなければ「持続可能な観光」の実現は不可能になる。観光を経済効果の視点だけでなく、ホストとゲスト双方のウェルフェアの視点で周到に見直すことが求められている。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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