「この商品の価値は分かる人には分かる。価格は決して高いとは思わない」。着付け体験を主催する女性経営者の力強い発言でそのパネルディスカッションは始まった。先日参加した姫路での観光シンポジウムでのことだ。主催は観光アクティビティを開発する企業。私もパネリストの1人として参加させてもらった。
女性の発言に呼応するように刀鍛冶の体験メニューを提供する職人さんも「お客さまはこの価格でもとても満足してくださいますし、高いと言われたことはない」と続けた。それぞれ5万円近い価格を付けている。客足は順調のようだ。
「いいものを安く」の思想が日本の小売り、サービス業を支配している。いわゆるデフレマインドというやつだ。観光産業も例外ではない。一消費者としてはうれしい限りだが、業界の発展、生産性の向上を考えると一概に喜んでばかりはいられない。
価値のあるものを適切な価格で販売し、しっかりと利益を上げることが大切なのは言うまでもない(もちろん、ぼったくりを奨励している訳ではない)。それがさらなる商品力のアップや新商品・新サービス開発への投資へ回り、消費者に還元されるというポジティブなスパイラルを生むことになるのが最も美しい。
そもそも観光における商品は全て唯一無二で、価格競争によるデフレ圧力にはなじまないもののはず。同じ体験メニューでも開催場所や時間、ガイドの質、使用される道具などで、その価値は大きく異なる。価格も違って当然だ。
例えば、冒頭の着付け体験。有名観光地のなんちゃって着付け体験とは趣を異にする。教えてくれる先生の肩書きや丁寧さ、使用される着物のクオリティ、街歩きの場所や長さ、食事場所、供される料理、使用される器、全てにおいてこだわったものだ。その価値を上手に伝えることができれば消費者の納得は十分に得られるはず。
残念ながら、そのあたりの表現力や情報加工力が弱く、同じ「着付け体験」というカテゴリーの中での血みどろの戦いに巻き込まれ、価値に見合わない低価格での販売を余儀なくされたり、サービスの質を下げざるを得ない状況に追い込まれるケースも多い。アクティビティの予約サイトなどは、利用者の利便性に鑑み、カテゴリーごとの価格比較を重視した編集にならざるを得ない。商品の価値や価格差の理由が分かる表現の工夫を期待したい。
「現代の消費は自己実現のための記号の発信」。フランスの思想家ボードリヤールの言葉だ。成功者がフェラーリを購入する動機がここにある。その商品が自分にふさわしいかどうか。商品を購入する自分が他者からどう見えるか。人はある程度、価格を頼りにする。価格が高いことに意味を見いだす消費も存在するのだ。
旅(ましてや海外からの訪日旅行の場合)というハレの機会。気持ちよくお金を使って、良い買い物をしたと、誇らしい気持ちでお帰りいただくのも大切なおもてなしなのだ。
(せとうち観光推進機構事業本部長)