【私の視点 観光羅針盤 258】自助・共助・公助と観光立国 北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授 石森秀三


 安倍晋三政権に代わって、菅義偉政権が誕生した。菅首相は安倍政権の継承を表明しており、観光立国政策は継続される可能性が大である。

 2012年12月に発足した第2次安倍政権は、金融緩和と財政出動と成長戦略を「3本の矢」とするアベノミクスを推進した。しかし金融緩和と財政出動の弊害は甚大で、今後の日本経済の大きな重荷になるとみなされている。

 成長戦略についてはその一端を担った「インバウンド戦略」が結果的に大きな実績を残した。13年のインバウンドは1036万人であったが、15年に1974万人、17年に2869万人、19年に3188万人と驚異的に激増した。

 インバウンド戦略を成功に導いたのは、自民党の二階俊博幹事長と政府の菅官房長官との絶妙の連携による強力な政治力の発揮であった。しかも二階幹事長は安倍退陣に伴う後任選びの際にいち早く菅氏を支援して菅政権樹立の立役者となった。そういう意味で菅政権における観光立国路線は盤石であろう。

 菅首相は目指す社会像として「自助、共助、公助、そして絆」と述べている。菅首相が強調する「自助、共助、公助」は本来、防災の局面で打ち出された概念だ。災害が生じた際に、まず自分の責任で身を守り、次いで家族や近隣が助け合い、最後に公的な援助が為される。

 菅首相は新自由主義を重視しているために「自助」に力点を置いているようだ。最近の月刊誌などでは、菅首相のブレーンは竹中平蔵氏(パソナ会長、元総務相)やD・アトキンソン氏(小西美術工藝社社長、元ゴールドマン・サックスのアナリスト)などと噂されている。両氏共に新自由主義者で構造改革・規制改革論者であり、菅政権の政策立案に大きな影響力を発揮しそうだ。

 菅首相は観光を「成長戦略の柱」と位置づけるとともに、地方の人口減少や地域経済の衰退を踏まえて「地方創生の切り札」として推進する姿勢を明らかにしている。

 しかし、菅政権による観光政策の根幹はあくまでも「インバウンド観光立国」である。そのため菅首相は「2030年にインバウンド6千万人」達成にこだわっている。されど、コロナ禍の世界的収束は容易ではないために「インバウンド観光立国」の見直しは不可避であろう。

 かつての近江商人は「三方よし」を商いの基本にしていた。三方よしとは「買い手よし、売り手よし、世間よし」を意味し、自らの利益のみを追い求めることなく、多くの人に喜ばれる商品を提供し続けて信用を得た。その上で利益がたまると無償で橋や学校を建てたりして、世間のために貢献した。

 今後の日本観光ではインバウンドも大切であるが、各地で「民産官学の協働」による地域資源の持続可能な活用を図って、地域主導型観光を振興することも大切だ。その際には「三方よし」が基本であり、自助と共助と公助の巧みな連携による観光振興が不可欠になる。

 今後の菅政権による観光立国政策の行方に注視していきたい。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 

 
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