【私の視点 観光羅針盤 270】「幻滅の日本」と「希望の日本」 北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授 石森秀三


 2020年はコロナ禍のために全世界が苦悩に満ちた1年を過ごした。特に観光産業の関係者は解決困難な災厄との闘いで疲れ切っておられる。私自身は後期高齢者になったために現役引退を何度も考えたが、一方でこれまでの経験を生かして、ポストコロナに向けて日本観光に少しでも貢献すべきではないかと思い悩んでいる。

 重たい気分の中で数年前に読んだロナルド・ドーア氏の著書「幻滅:外国人社会学者が見た戦後日本70年」(2014年、藤原書店)を再読した。ドーア氏(1925~2018年)は英国人の社会学者で日本研究の専門家であった。1950年に初来日し、それ以後毎年のように日本を訪れて、さまざまなテーマで日本を調査研究し、親日家になった。

 ドーア氏は日本の美点について「所得分布がわりに平等であったこと、経営者に私益の他に公益を考える習性のあったこと、教育・医療制度がよく整備されていたこと、商的取引に自己の利益と関係のない相手に対する『思いやり』が入ること、官僚が優秀で腐敗が少ないことなどであった」と評価し、特に市井の人々との交流を大切にした。

 ところが1985年のプラザ合意以降に米国の圧力の下で新自由主義が隆盛化し、米国を意識した構造改革と経済の金融化の進展で、雇用の非正規化と所得格差の拡大が生じて、分厚い内需に支えられた日本経済システムが崩壊し、日本は数多くの美点や美質を喪失した。

 その結果、ドーア氏は親日家から嫌日家になって、亡くなる数年前に「幻滅」という遺言的な著書を遺した。

 政府はポストコロナを視野に入れて、あくまでもコロナ禍以前のインバウンド観光立国政策の継続を表明している。しかしコロナ禍の継続によって、日本の各地方でより一層の少子高齢化・過疎化が進展している。そのために公的資金を投入して「FECT」を重視した地域づくりをベースにした地域観光振興と人財育成事業に全力を投入すべきだ。

 Fはfoodsで1次産業としての「農林水産・酪農業」、Eはenergyとeducationで「再生可能エネルギーと教育」、Cはcareとcureで「介護や医療」、cultureで「地域文化」、Tはtrafficで「交通」、tourismで「観光」を意味している。

 ポストコロナにおける疲弊した地方の復興のためには若者の活躍が絶対的に不可欠であり、若者が希望をもって安心して生きていくことのできる総合的な地域づくりが不可欠である。

 いかに為政者が「観光立国」と叫んでも、市井に生きる人々はまず自分たちの日々の暮らしに直結する「FECT」に係わる諸課題の解決が最優先と感じている。コロナ禍を通してもはや「観光ファースト」よりも、もっと大切な物事が軽んじられてきたことが明白になっており、観光政策においても「市井の人々」の感性を大切にすべきである。

 併せて若者たちが生きがいをもって参画できる観光事業の振興にこそ力点を置くべきだ。それこそが「希望の日本」を生みだす原動力になりうる。

 (北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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