東京五輪・パラリンピックで海外からの一般観客の受け入れを断念することが正式に決まった。新型コロナウイルスは変異株の出現などで厳しい感染状況が続いており、今夏に海外から日本への自由な入国を保証するのは困難と判断された。
長引くコロナ禍に苦しむ観光業・旅行業・飲食業などへの影響は大きく、五輪特需が失われることで倒産・廃業に拍車が掛かり、失業者の増加が危惧されている。五輪に向けて首都圏を中心にして宿泊施設の建設や改築が相次いでいたが、無観客や観客数の大幅制限が加われば、一層の打撃になる可能性がある。菅政権は東京オリパラを契機にしてインバウンド観光立国を軌道に乗せて経済再生を図ろうとしていたので海外観客見送りは大きな痛手になる。
実はいま日本観光にとって、もっと大きな痛手になり得る国際的な動きが進展しつつある。
米国のバイデン政権は中国の覇権主義に対抗して、同盟国の国際連携による「自由で開かれたインド太平洋」構想の推進を提唱している。日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国は3月12日に初めての首脳会合をテレビ会議方式で開催した。
中国は東・南シナ海で軍事力による覇権主義的な動きを強めており、日米豪印は自由な海洋秩序維持を目指して連携を図るとともに、コロナウイルスワクチンの生産・供給拡大への連携も確認された。日米豪印首脳会合の数日後に開催された日米政府の安全保障協議でも中国の覇権主義的な動きを批判し、東・南シナ海における中国の軍事的圧力に強硬姿勢で対抗することが確認されている。
一方、中国は3月上旬に全国人民代表大会を開催し、習近平国家主席による長期支配への権力基盤が強化されている。特に国防予算は過去最多の約22兆6千億円が計上されており、米国との覇権争いがより激化すると予想されている。
中国の軍事的な覇権主義に対抗して、日本が米国との同盟関係や日米豪印による連携関係を強化するのは妥当であるが、日本観光の未来を考えると不安な面もある。
コロナ禍以前の2019年の日本のインバウンドは3188万人であったが、そのうち中国からの来訪者は959万人であった。それに対して米国からは172万人、豪州は62万人、インドは17万人であった。米国による「自由で開かれたインド太平洋」構想を推進するためには日米豪印連携が不可欠であるが、一方で中国を敵視することによる国益の損失も無視できない。
米中による覇権争いの激化に伴って、東・南シナ海における軍事的緊張の高まりが危惧されており、コロナ禍と共に日本観光の未来に影を差している。観光産業はフラジャイル(脆い、虚弱)な産業であり、パンデミックや国際紛争の影響を受けやすい面がある。諸々の不都合な事態への対応を可能にする単純ではない「聡明な観光立国政策」の策定が求められている。
(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)