アンゲラ・メルケル女史は2005年からドイツ連邦共和国首相を務めている。ドイツの歴史上初めての女性首相として数々の重要な功績を挙げてきたが、今年中に政界から引退することが決まっている。
メルケル首相は今年の年頭に恒例の新年演説を行い、新型コロナウイルスの感染拡大を「人々に多くのことを課した歴史的危機であった」と指摘するとともに、医療従事者をはじめ、社会や暮らしを支えるために働くエッセンシャルワーカーに対して「心の底から感謝する」と強調した。
エッセンシャルワーカーとは、人間の生命や暮らしを守るのに欠かせない「必要不可欠の仕事を担う人々」のことを意味している。欧米では「クリティカル(決定的な・重要な)ワーカー」もしくは「キー(鍵・基幹)ワーカー」と呼ばれることもある。日本では「生活必須職従事者」とも呼ばれている。
具体的には、医師・看護師などの「医療従事者」、高齢者や子どもの福祉に関わる「介護福祉士・保育士」、生活必需品を提供する「スーパー・コンビニ・薬局店員」、物流を担う「郵便配達員・宅配配達員・トラック運転手」、公共交通機関の「バス・電車運転士」、生活廃棄物を回収する「ゴミ収集員」、地域住民の生活を守っている「自治体職員」、金融機関の窓口を担う「銀行員・信金・信組職員」などが該当する。
コロナ禍の深刻化に伴って、世界各国で経済活動の自粛やロックダウン(都市封鎖)や非常事態宣言の発令が行われ、在宅勤務やリモートワークが一般化した。その一方でエッセンシャルワーカーは人々の日々の暮らしを維持するために、コロナ感染リスクを感じながら現場で働き続けなければならなかった。
そのためメルケル首相をはじめ、世界各国の大統領や首相が相次いでエッセンシャルワーカーに対して深い敬意を表明した。
残念ながら、日本の為政者はエッセンシャルワーカーへの敬意・謝意が希薄であったが、世論で批判され、厚生労働省は医療従事者に対して最大20万円を慰労金として給付する事業を実施した。
日本ではコロナ禍で感染リスクを背負いながら働いているエッセンシャルワーカーに対する待遇は十分ではなく、慢性的に人手不足が生じている。過度な残業の抑制や所得改善などとともに、人財の適正な育成に早急に着手すべきである。
北海道・富良野を舞台にしたテレビドラマ「北の国から」などの数多くのヒット作を生み出した脚本家・劇作家の倉本聰氏(86歳、富良野市在住)は、新型コロナウイルスと戦う医療現場で仕事を行っているエッセンシャルワーカーのために、いち早く「北海道医療従事者応援プロジェクト『結(ゆい)』」を提唱して広く支援金の寄付を呼びかけた。その結果、今年3月末終了時点で8200万円を超す支援金が寄せられ、医療関係者への配分を行っている。
苦境が継続している観光業界においても組織的に目に見える形で、エッセンシャルワーカーに対する敬意・謝意を明確にすべきであろう。
(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)