【私の視点 観光羅針盤 320】世界遺産と日韓関係 石森秀三


 コロナ禍の深刻化によって、1月末には各地で過去最多感染が記録された。各種業界の苦境が継続され、各家庭においても光熱費や食品費などの諸物価高騰で厳しい生活を強いられている。気分が滅入る日々の中で明るい話題が報道された。それは岸田文雄首相が「佐渡島の金山」の世界文化遺産登録を目指して、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推薦するというニュースであった。日本人はオリンピックやノーベル賞と同様に、世界遺産も大好きなので、久しぶりの明るい話題であった。

 「佐渡島の金山」は昨年末に文化庁の文化審議会が世界遺産への推薦候補として選定した。16~19世紀に伝統的手工業による生産技術や生産体制を深化させた金生産システムを示す遺構として、顕著な普遍的価値(OUV)があるとされた。

 それに対して韓国政府は直ちに反発し、朝鮮半島出身者が戦時中に過酷な強制労働を強いられた現場だとして「佐渡島の金山」の世界文化遺産への推薦撤回を強く要求する事態になった。

 2015年に「明治日本の産業革命遺産」が世界文化遺産として登録されたが、その際にも韓国は構成資産の一つである長崎県の端島炭鉱(軍艦島)において戦時中に朝鮮半島出身者が強制労働させられた事実を無視し、産業革命施設だけを美化して登録することへの反対を表明した。

 その際には日本側は「犠牲者を記憶にとどめるために適切な措置を説明戦略に盛り込む」と公式に表明し、ようやく登録が承認されたという経緯がある。

 ところが、日本政府が20年に設置した産業遺産情報センターの展示には「朝鮮半島出身者への差別的対応はなかった」という証言内容が含まれていたために、韓国は「歴史の歪曲(わいきょく)だ」と強く反発した。ユネスコの世界遺産委員会は昨年7月に「日本が登録時に約束した説明は不十分であり、強い遺憾を示す」という決議を採択しており、韓国にとって追い風になっている。

 そのため、日本の外務省を中心にユネスコへの推薦に慎重な声が多数を占め、岸田首相も当初は見送りを検討したが、自民党の保守派から批判され、方針転換を余儀なくされた。

 世界遺産委員会は21カ国の委員国で構成され、3分の2の賛同で登録されるルールであるが、現実には全会一致を原則として運営されている。これまでにも国家間の摩擦がユネスコに持ち込まれて審議が延期され、未登録のままの案件がある。

 ユネスコは近年、関係国間の協議や対話を重視しており、昨年の委員会で採択された作業指針には「他国との対立を避けるため、推薦前の建設的な対話を推奨する」という文言が追加されている。

 韓国では3月に大統領選挙が予定されており、与野党の候補者が「反日カード」として利用する可能性がある。また、米国は同盟国の緊密な連携によって、中国と対峙(たいじ)したいと考えているために日韓関係のさらなる悪化は国際政治経済に大きな影響を与える。

 さらにポストコロナにおける日本の観光立国を想定すると、韓国は極めて大切な隣国であり、「善隣友好」に尽力する必要がある。

 (北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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