【私の視点 観光羅針盤 322】北方領土の日に想う 石森秀三


 2月4日に北京冬季五輪が開幕した。コロナ禍の深刻化で選手・関係者と一般市民が接触しないように分離する厳格な「バブル」方式が徹底されている。米英などは人権問題を理由に政府代表を派遣しない「外交ボイコット」を行っており、米中対立を反映する世界分断的な祭典になっている。幸い、日本の若人たちは実力を発揮し、次々にメダルを獲得できているのは素晴らしい。

 メディアは冬季五輪関連ニュース報道で多忙であり、2月7日が「北方領土の日」ということを丁寧に報道していない。日本政府は1981年に毎年2月7日を「北方領土の日」とすることを決めている。

 1855(安政元)年2月7日に日魯通好条約が調印され、両国の間に通商を開くとともに、両国の国境を択捉島とウルップ島の間と定めたことに基づいている。この条約によって択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島の北方四島は日本の領土と確定した。

 ところが第2次大戦の最末期にソ連は日ソ中立条約を破棄して対日参戦し、北方四島を占領した。当時、四島全体で約1万7千人の日本人が居住していた(ソ連人の居住は皆無)が全員強制退去させられ、ソ連は46年に四島を一方的に自国領として編入した。それ以降、ソ連とロシアによる実効支配が継続している。

 とはいえ、ロシアの主張は「南クリル諸島(北方四島)は第2次世界大戦の結果として獲得したロシアの領土であり、日本が根拠のない領有権の主張を行っている」ということになる。そのため北方領土を巡る日露政治交渉が長年繰り返されているが進展していない。

 安倍晋三元首相は在任中にプーチン露大統領と会談を重ね、2016年の山口会談では北方四島における共同経済活動が協議され、海産物の共同増養殖、温室野菜栽培、島の特性に応じたツアー開発、風力発電の導入などが検討された。それを契機にして北方四島における「国境観光」への関心が高まったが、泡沫(ほうまつ)の夢として消え去った。

 今年はビザなし交流の開始から30年の節目であるが、交流はコロナ禍の影響で2年続けて中止されている。元島民の平均年齢は86歳を超えており、領土問題解決への期待が高まっているが、その実現は極めて困難である。

 ロシアは現在ウクライナとの国境周辺に軍隊を集結させており、ウクライナ侵攻が危惧されている。一方、中国は冬季五輪の成功に注力しているが、五輪後の政治・経済情勢次第で台湾有事が現実化しかねない。

 日本の近未来を考えると、米・中・露・韓・北朝鮮との関係次第で厳しい状況に追い込まれる可能性が高い。日米同盟は重要であるが、世界はもはやリーダー不在の「Gゼロの時代」に入っており、米欧中心の「G7の国々」は相対的に力が低下し、コロナ禍を契機に国内問題に集中せざるを得なくなっている。

 日本は今後、外交力を強化して、米・中・露と賢く巧みに付き合うことが不可欠になる。観光業界は「ポストコロナの観光」だけでなく、「Gゼロ時代の観光」についても衆知を結集して周到に検討し、日本観光の未来に対応する必要がある。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 

 
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