【私の視点 観光羅針盤 350】北方領土の波高し 石森秀三


 旧ソ連大統領であったミハイル・ゴルバチョフ氏が8月30日に亡くなった。1985年に旧ソ連トップの共産党書記長に就任し、ペレストロイカ(改革)を旗印に共産党の一党独裁体制の変革を進めた。

 アフガニスタンからのソ連軍の完全撤退、ベルリンの壁崩壊を容認し、89年12月にはブッシュ米大統領と会談し、東西冷戦終結を宣言。旧ソ連のトップとして7年在任し、東西冷戦終結や東西ドイツ統一などを実現させ、国際秩序の一大変革に大きな役割を果たした。

 91年4月には旧ソ連の最高首脳として初めて来日し、北方領土問題の存在を認めて、北方四島とのビザなし交流に道筋をつけ、日ソ関係の改善に大きく貢献した。

 ゴルバチョフ氏の英断で92年に始まった北方四島ビザなし交流は、今年9月5日にロシア政府が日本側との協定を事実上破棄する政令を発表したことによって、あえなく水泡に帰しかけている。ロシアによるウクライナ侵攻を理由に、対ロ制裁を科した日本への対抗措置としての破棄宣言だ。

 日露両国が30年かけて積み上げてきた努力が失われようとしている。かつて北方領土に居住していた元島民の平均年齢は86歳を超えており、無念の声が広がっている。

 安倍晋三氏は首相在任中にプーチン氏との濃密な関係を築き上げ、特に2016年の山口会談では北方四島における共同経済活動が協議され、海産物の共同増養殖、温室野菜栽培、島の特性に応じたツアー開発、風力発電の導入などが検討された。

 それを契機にして北方四島における「国境観光」への関心が高まり、19年には試験事業として「日本人向け観光ツアー」が実施された。日本人が観光目的で公式に北方領土を訪れるのは戦後初めてのことであった。

 19年の国会での施政方針演説で安倍首相は「(北方領土問題に)必ずや終止符を打つ」と明言したが、はかない夢に終わった。
 現在、世界的に米国を中核とする自由主義諸国と中露などの専制主義諸国との間の対立が先鋭化している。ロシア政府は9月初旬にウラジオストクで東方経済フォーラムを開催した。

 米欧日による対ロ制裁に対抗するために制裁に参加していない中国やインドなどのアジア諸国との連携強化の推進が意図され、中印両国の他、東南アジアなどの政府代表団が参加した。日本は故安倍元首相が16年から19年まで4年連続でフォーラムに出席し経済協力を進めてきたが、今回は欧米各国に準じて政府代表団の参加を見合わせた。

 ゴルバチョフ氏は東西冷戦を終結させ、大交流時代の端緒を開いたが、プーチン氏は世界の分断と冷戦再構築を図っている。北方領土の未来だけでなく、世界の未来も危うい状況にある。その上に台湾有事が現実化すると、戦後日本が平和のうちに築き上げてきた諸々の繁栄が瓦解し、観光どころではなくなる危険性がある。

 世界の動きを冷静に分析しながら、日本としての観光立国政策の周到な再構築が不可欠になっている。

 (北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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