【竹内美樹の口福のおすそわけ 284】「祝い目出度」で、71年の歴史に幕 宿泊料飲施設ジャーナリスト 竹内美樹


 すき焼きで有名な博多の老舗「中洲ちんや」が、先月惜しまれつつ71年の歴史に幕を閉じた。二代目経営者で女将の古賀人美さんが生まれた年に精肉店として開業、その後飲食店も併設し、すき焼きや洋食を提供し始めたそうだ。

 このコラムで同店について最初に書かせていただいたのは2015年。その十年以上前から通っていたので、かなり長いお付き合いになる。個人的にも交流を深めてきた筆者。閉店すると聞いた時は、耳を疑った。

 地元の人々から愛されているだけでなく、遠方から足を延ばす客も多く、いつも活気にあふれていた同店。最後にもう一度訪ねたいと、予約して駆け付けた。

 福岡に到着早々、ランチに伺った。「71年間ありがとうございました」という横断幕が掲げられた店の前には、まだ営業時間前だというのに長蛇の列が。最後尾で約3時間待ちとか。

 できるだけ多くの種類を食べたいと、全て4人でシェア。ランチの看板メニューの一つ、焼肉定食に始まり、とろけるほど軟らかくソースも絶品のタンシチューと続く。黒毛和牛のフィレステーキは、肉のうま味と焼き加減が最高! そして、目玉焼きの載ったハンバーグステーキ。すき焼きでも使用するオレンジ色の黄身の卵、素材を厳選していると分かる。ジューシーなハンバーグも超ウマイ! そしてランチ名物すき焼き丼。お野菜やお豆腐と共に、大判のお肉と温泉卵が。極上肉が、ランチでも手を抜かない女将さんの姿勢を物語っている。

 今回、1泊2日のうち3回のお食事が同店にて。翌日のランチは、しゃぶ鍋。おろしポン酢と特製のごまダレでいただけば、美しいサシの入ったお肉が何枚でもイケてしまう。そして夕食はバター焼きからスタート。少し厚手のお肉と、一緒に焼いたニンニクを共に食せば、超口福!

 最後はやっぱりすき焼きだ。牛脂が鍋で音を立て始めると、仲居さんがお肉を投入。そこに大量のお砂糖を振りかけるのを見て、最初はヒャァ~、やめて!と叫びたくなった。だが、砂糖としょうゆだけの味付けなのに、肉のうま味と野菜から出る水分でちょうど良いあんばいになり、後味は軽やか。

 いつの間にかこの味がクセになった。だが、ここに通うのは肉の魅力だけではない。定休日以外昼も夜も店に立ち続けて来た女将さんや妹の功子(のりこ)さん、かっぽう着姿の仲居さんたちとの会話もまた、多くの人々を魅了してきたのだ。

 昭和の香り漂う建物も古くなり、後継者もいないため引退を決意。大切に守ってきた店が変えられてしまうのもつらいと、暖簾(のれん)も売らなかった。この潔い幕引きは、胸を張って一生懸命やり切ったと言えるから。涙しつつ別れを惜しむ筆者に「また会えるけん!」と女将さんが見せた笑顔から、それが伝わってきた。

 閉店の日、博多祇園山笠の男衆が店の前に集結、博多祝い唄と手一本で、毎年面倒を見てくれた女将さんに謝意を表したそうだ。本当にお疲れさまでした!

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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