コンフィという料理がある。冷凍技術がない頃、保存食としてフランスで生まれたものだ。低温の脂で煮て、そのまま冷やし固め保存するという調理法だ。食べるときにカリッと焼く。
学生の頃、レストランでいただいた鴨(かも)のコンフィがあまりにおいしかったので、鶏肉で作ってみたことがある。当時は今のようにネットで検索することができなかったから、お料理を説明してくれたギャルソンの言葉だけが頼り。「低温の油で長時間煮たもの」と聞いたが、適温が何度でどれくらいの時間をかけるのかサッパリ分からず、とりあえず70度ぐらいの油で2時間ほど煮てみたら、ちゃんとできた記憶がある。
その後、衝撃的なコンフィに出会った。世界で最も予約の取れないレストランの一つと言われる、オーストラリア・シドニー「テツヤズ」のスペシャリテ、「オーシャントラウトのコンフィ」だ。和久田哲也シェフが考案したこの料理、オーシャントラウトの切り身をマリネし、低温のオーブンで火を入れたモノ。
見た目は、生。皮に見立てたみじん切りの塩昆布を表面にまとったそれにナイフを入れて口に運べば、上質な脂がねっとりと舌に触れたかと思えば、次の瞬間溶けてなくなってしまう。トラウトの甘味と、塩昆布のうま味と塩気が相まって、絶妙な味わいだ。
JALの機内誌に「このレストランに行くなら、先に予約を取ってから航空券を購入して下さい」と書かれていたほど人気店のオーナーシェフに、15年ぐらい前、取材させてほしいとメールを送った。何てムチャなことをしたんだろう。だが、哲也シェフは筆者の思いに応えて下さった。そしてその時、コンフィは可能な限り低い温度に設定したオーブンに、7~8分入れるのだと教えていただいた。
時を経て、低温調理器なるものが登場した。鍋に水を張ってこれを入れておけば、設定温度を保ってくれるという代物だ。調理道具フェチの筆者、買わないという選択肢はない。ポイントは、食材を袋に入れ、真空に近い状態にすること。食材に均一に火が入り、味もにじみやすくなる。
いろいろ調べた結果、低温調理でミディアムレアのローストビーフを作るには57度がちょうど良いらしい。58度になると、タンパク質が凝固し始めるからだという。ただ、その温度を保つ時間は、まだハッキリとつかめていない。肉の重さ、厚さによって違うからだ。
…ってことで、数年前からこの方法でローストビーフを作っている。肉塊に塩こしょうとおろしニンニクをすり込み、オリーブオイルとともに、袋に入れ空気を抜く。あとは、57度にセットした低温調理器入りのお湯の中に、ぽちゃんと袋を漬けておくだけ。数時間後、取り出した肉の表面に焼きを入れ、少し休ませてから切り分ければ、おぉなんて美しいロゼ色なんだろう! しかも、超軟らかい。
失敗知らずの低温調理器、エライぞ! あの味は無理でも、今度サーモンにトライしてみようかな?
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。