【観光立国・その夢と現実 32】脆弱な温泉法の改正を 小原健史


 わが日本の国を地形的に“人間の体”に例えれば、北海道から九州まで列島を貫く脊椎のように〔火山〕が厳然として存在する、まさに火山列島である。しかし、それは“禍福糾(あざな)える縄の如(ごと)し”でもあり、その“禍”は噴火や地震により災害を招くこと、そして“福”は、まさに人間の体と心を癒やす〔温泉〕である。

 この“温泉”というものは、地元に住む人々にとっては誠に有難いもので、1日の仕事の疲れを癒やし、明日への活力を生み出す貴重な天然資源である。

 さらに、古来、この“癒やしと活力の源”を求めて他所から湯治にやって来る人々がいて何日も滞在宿泊し温泉につかり病気を治し、体調を整えるのであるが、このシステムこそ、そこに所在する旅館の原始的な姿であり、永い時代を経て、各地に温泉観光地や温泉リゾートを生んできた。

 逆説的にいうと、私の地元の嬉野市に万一“温泉”がなければ、年間200万人ものお客さまが来ることもない日本の西の果ての単なる田舎町でしかあるまい。

 さて、「温泉」の問題は、全旅連にとっても重要であるが、官民の会員で構成する「日本温泉協会」がもっぱら温泉の保護と涵養(かんよう)、そして、温泉の重要性や正しい利用法に至るまでの広報・啓発に努められている。

 2000年代の初めごろに各地の温泉地で“温泉の偽装”が社会的に問題となった。その後、環境省は温泉の基準の見直しと「温泉法」の改定も視野において積極的に動いたが…、当時から、「温泉法」における温泉として認められる基準は〔温度が25度以上〕か、それ以下の低温でも〔指定された19の成分を一定量以上含む〕ことである。

 しかし、これは現在に至っては非常に曖昧な基準でさまざまな問題を抱えている。多分、太平洋戦争直後に焼け野原の中で当時の政治家や官僚たちがGHQの指導の下においてさまざまな法制度を急いで整備した中の一つであろうかと思われる。

 前述の平成の時代の“温泉の偽装”の問題はマスコミをにぎわし、私は全旅連会長として何とか新しい温泉法の改訂を!と環境省と勇んで取り組んだものの、一方で歴史と伝統を誇る温泉地の湯量や泉質が異常をきたす例も現出し、もう一方では資金を注ぎ込んで千メートル以上の深々度で掘削して温浴施設を展開する“スーパー銭湯”なるものまで現れ、混迷を深めた。

 業界の会合では、「歴史的に千年や何百年も続く温泉地は〔一級温泉〕と呼びその他は〔二級・三級〕でいいじゃないか!」と大きな声で叫ぶ人物が出るかと思えば、「スーパー銭湯は、温泉と呼ばせるな!」との意見も出て収拾がつかなくなった。これは、温泉地の旅館ホテルにとってもスーパー銭湯にとっても事業運営の根幹を揺るがす最重要な経営資源の〔温泉〕のことであるから簡単には片付かない。

 その後、スーパー銭湯で異変がおきた、それは、もともと泉温が低く冬季を中心に“追いだき”をする重油の価格が高騰して、かなりの数の事業所が姿を消した。そして、いつの間にか〔本物温泉と偽物温泉〕とまでやゆされた事件は世の中から忘れ去られた。「温泉法の改定」を実施できなかったのは、私の失態・失点である。

 さて、新型コロナ感染症で打ちのめされた全国の旅館ホテル業界は、一日も早く事業の再生・再建を行わなければならない。

 この原稿を書いている今10月11日に「全国旅行支援」の開始とインバウンドの規制が全面的に解かれ、待ちに待った“ポストコロナ”の時が来た。

 そして、落ち着いたところで、日本の最大最高の観光資源の〔温泉〕を保護・涵養し規制する新たな「温泉法」を考えたい。

(元全旅連会長)

 
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