【観光立国・その夢と現実 6】嬉野温泉での全国大会 小原健史


 全旅連青年部長になって当時、流行した〔地方の時代〕というフレーズを「地方の時代は、旅館業の時代でもある!」と言い換えて走り始めたのは良かったが…。青年部長の任期は2年間で、2年目の秋には全国大会を開催するのが恒例となっていた。前任の本間さんは東京で開催したが、それは「全旅連および同青年部の活動の根源は旅館業界の社会的な地位の向上と個々の旅館ホテル業の繁栄にあるのだから、そのためには、中央の東京で全国大会を開催し、要路の国会議員を招待し業界を取り巻く法制や税制をわれわれに有利に導くべきだ!」との論拠であった。

 ところが、小原体制の全国大会は、「地方の時代を旗印にするのならば地方でやろう!」という流れになり、「何処で開催するか?」といえば、「当然、部長の地元の佐賀県だろう!」との結論になった。私自身もそのことに“我田引水”的だな!と感じながらも大きな抵抗はなかったのであろう。

 しかし、これがいけなかった…。東京開催を信念とする本間氏から大きなクレームが来た。「小原君、あんたはそんな人間だったのか! 我田引水もいいところではないか! 東京開催の意味は云々(うんぬん)…」と強烈に指摘され、さらに青年部相談役の辞表を叩きつけられた。私は瞬時にそこまで言うか?と内心反発したが、これは、本間氏が正しい。しかし、強気の私も収まらない。至急、副部長を集めて、ことの経過を話しながら、その辞表を会議室のテーブルに力任せに叩きつけた。痛い! 感じたときは遅かった。飲んでいた缶コーヒーに指が当たり、血が噴き出した。その傷は、私を後継の青年部長に指名してくれた本間氏に逆らい「恩を仇で返す」傷ともなり、まさに心と体の傷となって今も右手に残る。

 その全国大会は最終的に佐賀県の嬉野温泉で1990年に開催したが、公私混同ながら、肥前夢街道というバブル経済に乗って私の人生の後半に重い財務的な荷物を負ってしまうテーマパーク事業の開業した時でもあった。そのような経緯を経て開催した佐賀大会であったがこの全国大会には、もう一つ絶対に忘れてはならない悲しい思い出がある。

 それは当時の嬉野温泉旅館組合青年部員の小芦宏光君のことである。小芦君は大会の実行委員として約千名にも上る宿泊者の配宿を担当していたが、その頃、彼は風邪をひいて相当体調が悪かったそうである。しかし責任感が強くとても真面目な性格の小芦君は、数日間ほとんど寝ずに配宿計画を造り、各県の事務局と連絡を取り合い、まさに激務をこなしていた。一方全国大会の全体的な準備は着々と進み、最終的な執行部会で確認作業が行われていた。そこに、電話が入った。「小原部長、電話です」「おう!」と間髪入れずにつかんだ受話器の向こうから聞こえた声はか細く「小原部長、小芦宏光が急逝しました!」と! 私は「なにー!宏光君がなにー!」。私は、彼の旅館に向かって一目散に走りだした! 「何のことだ、どうしたんだ小芦君!」と叫びながら!

 昨年、11月21日嬉野市の隣町の小芦君の奥様のご自宅に第29回目の命日のお参りに行った。毎年の命日のお参りは一度も欠かさない。奥様は「もう結構ですから、お参りは…」と言われるが、私が全国大会を嬉野温泉で開催したばかりに小芦宏光君の命を奪い、ご一家に言語に絶するご苦労をもたらしたと思うと慙愧(ざんき)に耐えない。

 小芦宏光君の御霊に改めて誓う。嬉野温泉と旅館業界の永遠の繁栄のためにこの身を捧ぐと!

 (佐賀嬉野バリアフリーツアーセンター会長)

 
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