【講演】事業者が知っておきたい感染症対策 国際医療福祉大学教授 和田耕治氏


和田教授

「飛沫関連対策を重点的に」

 全国の旅館・ホテルは新型コロナウイルス感染防止対策に注力し、ガイドラインを順守しながら運営を続けている。今回は、3月16日に開催された日本旅館協会の理事会で、「いま、改めて知りたい新型コロナウイルス感染症とわたしたちができること」と題して講演を行った、医師で国際医療福祉大学医学部の和田耕治教授の講演内容をもとに、新型コロナウイルス対策への認識を深めていく(文章中の情報は講演当時のもの)。

◇    ◇

 世界の主要各国との比較だが、国内の感染状況はかなり抑えられている。「いつまでこの生活を続ける必要があるのか」とよく問われるが、まずはワクチン接種が始まり、一定水準まで広がっていく必要がある。

 日本は接種の状況がやや遅れているが、海外の先行事例を鑑みながら接種を進められるという利点がある。重症化予防の薬品がまだわずかしか承認されておらず、その一つであるレムデシビルは効果が疑問視され、一時期話題に挙がったアビガンだが、いまだ承認すらされていない。現状ではワクチン接種の浸透に期待がかかる。

図1(三つの感染経路)

 感染経路に関して、なかなか多くの皆さんにしっかり伝わっていないと感じている。感染経路は「マイクロ飛沫感染」「飛沫感染」「接触感染」の三つに大きく分けられる=図1。空気感染、エアロゾル感染などのフレーズもよく聞かれるが、厚生労働省はこの三つを示している。マイクロ飛沫感染は、話す、食べるなどの行為により、目に見える飛沫は1メートルから2メートルほど飛ぶが、目に見えない飛沫核が空気中に浮遊し、それを吸い込み感染が広がる事例。多くのクラスター(集団感染)事例はマイクロ飛沫感染に当てはまると考えられている。マイクロ飛沫感染対策として最も有効なのは換気。換気をしにくい冬季には、窓の開閉に加えて空気清浄機などを併用し換気を図るのも良い。飛沫感染は、目に見える飛沫の範囲が1メートルから2メートルほどなので、ソーシャルディスタンスの確保、アクリル板の設置などが有効。接触感染には手指をこまめに洗い、消毒することが重要。

 現況では、10人感染者がいた場合、おそらく8人から9人はマイクロ飛沫感染か飛沫感染であることが分かってきている。つまり、接触感染対策を継続しながらも、飛沫関連対策にもきちんと注力する必要がある。ガイドラインなどでこれら三つの感染経路が列挙されていることもあり、「三つ全てを完璧にしなければ」と考える方や事業者が多いが、まずはマイクロ飛沫感染と飛沫感染の対策をしっかり行うことが感染対策の前提となる。

 もしある程度コロナウイルス感染が落ち着いたとしたら、次に流行するのはインフルエンザだろう。皆がインフルエンザに曝露(ばくろ)されていないので、どんどん対インフルエンザの免疫が落ちている。よって、コロナが収束した次の年の懸念は、やはりインフルエンザ。例年、約2200万人がインフルエンザに感染するが、コロナ収束後の年度には通常以上のインフルエンザ感染者を記録するかもしれない。当然インフルエンザワクチンの接種も継続する必要がある。

 事業者が取るべき対策を確認していく。クラスターは「密閉空間であり換気が悪い」「近距離での会話や発声がある」「手の届く距離に多くの人がいる」の3条件がそろう場所で発生しやすい。いわゆる3密の状況は感染リスクが高まる。

 事業者の皆さんは、3密対策を徹底、維持し、その姿勢を顧客、利用者にしっかり見せることが大切だ。多くの方々は「密閉空間で換気が悪い」「多数が集まる密集場所」「間近で会話や発声をする密接」を3密と捉えているようだが、「密接」に関して誤認識をしている人が多い。密接場面で「会話や発声をしない」ことが最も重要だ。密接状態でも、会話や発声をしなければ基本的には感染しない。

 3密の徹底回避は、どこまでを事業者とお客さんが担うかが明確だ。密閉空間の回避は、窓の開閉や、換気を良くする機械の導入などで事業者が対応する。密集空間の回避は、客席の間隔を広げる、予約数を制限するなどで事業者が対応する。密接、言い換えれば近距離での会話や発声の回避には、お客さんの協力が不可欠だ。ある事業者は、七つの感染防止項目を掲げ、五つは店側が担うが、二つはお客さまに協力してもらえば七つ星になる、という前向きなキャンペーンを展開している。ある自治体は事業者と連携し、マナーポスターを作成して、緊急事態宣言明けに共に作り上げていく安全な場面、とうたった啓発活動を行っている。

 この3密を、しっかり各リスクの内容まで理解し、対策を徹底してほしい。ある事業者が「黙食」を提唱して注目を集めたが、われわれのような専門家が発信するよりも、現場をよく知る事業者が発信してくれた方が良好事例として取り上げられやすい。

 マイクロ飛沫感染のクラスター事例を紹介する=図2。場所は地元で人気の居酒屋。最初に感染が判明したのは「G2」の席に座っていた●の人たち。いずれも医療従事者で、発症が分かり検査をしたら陽性反応が出た。新型コロナウイルスは感染してから発症するまで5日間ほど掛かるため、「5日前に何をしていたか」を細かく覚えておくのは難しいが、このケースでは飲み会をしていたことが分かり、保健所の調査が入った。するとキッチン内の●の人の感染も明らかになった。保健所が調査を進めると、他にも●で示した人の感染が明らかになった。

図2(マイクロ飛沫感染のクラスター事例)

 大型クラスターが発生した原因を検証すると、★で示した人が、当日は無症状だったが、後に症状を発症していたことが分かった。★の発症履歴をたどると、初発者である可能性が高まった。その上にちょうど空調があり、矢印で示した風の流れに飛沫が乗って感染が広まったと考えられる。このような形で、知らず知らずのうちにマイクロ飛沫感染が各地で発生していると考えられる。

 このケースでは、一緒に来たグループ内での感染は、事業者の努力をもってしてもなかなか防げないので、お客さまが責任を負う部分がある。事業所側も「体調の悪い方はいませんか」などの聞き取りを入店、入館時に行うが、それ以上の部分には踏み込みにくい。一方、違うグループへの感染は、客同士の距離を広くする、換気を徹底するなどして、事業者側で防ぎたいところだ。あるショッピングモールで、同じ家族で来店しているお父さんと子どもがアクリル板越しに食事をしている場面があるが、それはさほど意味がない。違うグループ間を遮断する、間隔を確保するという認識が大切だ。今回のケースでは、空調は整備していたが、新鮮な空気が入っていないため飛沫が室内を循環してしまっていると考えられる。食べるところ、しゃべるところ、人が集まるところの対策を徹底してほしい。

 感染の広がり方としては、たびたびクラスターが発生する高齢者施設や医療者施設については、そこからそれ以上感染が広がることはほぼない。これらは言わば結果。この結果の背景が、街の中の20代から50代の方々を中心とする弱い症状で済みやすいコミュニティに潜在していると考える。都心部や地方部の人が集まる歓楽街にいったん感染の要因が入ると、全感染経路をピックアップするのは難しい。

 検査数を一気に増やすのもやや困難だ。都内のある地域で感染者が急増したため検査を増やそうとしたが、今まで検査を行っていない場所で新たに検査を行うための準備には1週間ほど掛かる。いざ検査をやろう、となった時には感染者数が減少している。職場へのウイルスの流入に関しては、いろいろな人たちと会う事業主、経営者の方がウイルスを持ち込むケースが多い。

 厚生労働省アドバイザリーリポートは、「基本的な感染対策が行われていれば、近隣のスーパーでの買い物や出退勤時の交通機関、オフィスなどで感染が拡大する状況はない」との見解を示している。

 新型コロナの主な症状は、軽度の咳、喉の痛みや違和感、発熱、嗅覚、味覚の障害、下痢。実際にコロナに罹患(りかん)したことを伝えた際に、「こんなに軽い症状なのにコロナなんですか」と驚く人もいる。これらの症状が一つでもあれば、無理せず仕事や学校を休み、検査をしてほしい。もし自分の職場で感染者が出たら、「報告してくれてありがとう」「しっかり休んでください」「治ったら職場に戻れるように支援しますよ」と伝えてあげてほしい。可能だったら「秘密は守るので、症状がいつ出たか、誰と会食や会議をしたか、教えてほしい」と聞いて、「その該当者に伝えても良いか」と確認し、情報の共有を図ってほしい。コロナ感染者が出たことで職場の雰囲気が悪くなったという声をよく聞くので、まずは感染を報告したことにお礼を伝えてあげてほしい。

 最後に、各事業者が留意すべき感染症対策を以下に記す。

◆店内で長時間の会話や、歌う、飲酒を伴う店舗が特にリスクが高い。こうした店舗では、接触感染、飛沫感染だけでなく、「マイクロ飛沫感染」と呼ばれる微細な飛沫が長時間浮遊することや、空調などにより、同席者だけでなく、店内にも広がり得る経路に対しての対策が必要。

◆マイクロ飛沫感染に対しては、換気の確保が必要。二酸化炭素濃度測定器を用いて店内をモニターし、二酸化炭素濃度が一定レベル(目安千ppm)を超えないように換気や収容人数を調整する。特に店舗の奥など換気がしづらいところを特定して、換気を確保する。

◆飛沫感染に対しては、空調の流れや、目的を考慮しながら、アクリル板などの遮蔽物(しゃへいぶつ)の設置を行い、互いに距離を確保する。特に違うグループとの距離を。

◆接触感染に対しては、手洗いの励行や、飲食後のテーブルの拭き取りによる消毒がある。

 わだ・こうじ=産業医科大学医学部卒業、臨床研修医、専属産業医(3年間)を経て、カナダ国McGill大学産業保健学修士・ポストドクトラルフェロー、北里大学大学院博士課程修了。北里大学医学部衛生学公衆衛生学助教、講師、北里大学医学部公衆衛生学准教授を経て国立国際医療研究センター国際医療協力局、出向にてJICAミャンマー国主要感染症プロジェクトHIV専門家、JICAベトナム国チョーライ病院向け病院運営・管理能力向上支援プロジェクトチーフアドバイザーを歴任。18年4月から国際医療福祉大学医学部公衆衛生学・医学研究科教授。厚生労働省新型コロナアドバイザリーボードメンバー
 
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