【道標 経営のヒント 150】量より質 石井敏子


 行燈旅館を始めてから今日までいくつかの困難を乗り越えてこられたのも、行燈旅館を東京の宿として選んでくれるリピーターのお客さまが下支えをして下さったおかげだ。日々感謝の気持ちを忘れないように心掛けている。毎年同じ時期に来て下さるお客さまもいるし、数年間に二度三度、中には15年前に一度来たなどのお客さまもいる。海外のお客さまは長いフライト時間をかけて来て下さるので毎年というのは本当に日本贔屓(びいき)な方たちだ。

 リピーターさんたちは、日本中の観光地のことを私よりもよく知っている旅好きが多い。このようなお客さまの素直な感想が、私にとって重要な情報源となる。

 例えば「今、東京の森美術館でオーストラリアの建築の展示をしているよ」「築地のせりを見たかったけど、4時に行ったらもうすでにいっぱいだったよ」「京都のホテルに行ったら敏子みたいな女将さんがいて、ぜひ紹介したい」などなど。お客さまは楽しかった出来事、驚いたこと、何でも教えて下さる。楽しい話が大半だが、中には残念に思う話もある。

 この頃とても気になっているのが京都の評判だ。こちらは京都好きの私にとって胸が痛むお話だ。最近数人のリピーターさんから聞いた話が京都の混雑ぶりによる不快さだ。

 イギリス人の4人家族は京都で1週間過ごすつもりだったのだが、予定を早めて3日で東京の行燈旅館に帰ってきてしまった。ご主人は若い頃に日本の建築事務所で数年働いた経験を持つ日本通だ。私が「何でこんなに早く帰ってきたの」と、聞いたら「京都はどこもアジア系の観光客であふれていて、昔の京都を知っている僕たちにはとても居心地が悪かった、東京に着いてホッとしたよ」と、返事が返ってきた。

 1週間前のオーストリア人のリピーターのご夫婦も「好きだった高瀬川付近にお店がたくさんでき、観光客であふれていてとても歩きづらかった」と、言っていた。

 今日本では国を挙げて観光客を増やすことに注力しているが、京都で狭い路地をはんなり歩くというわけにはいかないようだ。目標を高く、数字を追うことも大切なことだが、お客さまの満足度を無視していくと悪評がまかり通り、真の日本贔屓のお客さまを失うことになる。

 日本への観光のリピーターを逃がさないように、旅行者の満足度を高めるにはどうしたら良いか。京都の風情を保つにはどうしたら良いか。住民の生活満足度が高い地域は、旅行者にとっても同じように満足度が高い。京都の地元の方たちの暮らしに支障がなく、かつ観光客の満足度も高いバランスの良い観光地になることを目指してもらいたい。

 10年前に本気でリタイアしたら京都に住もうかと思っていた私にとっても、今では京都は少し遠くなってしまった気がする。

 
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