釈迦(しゃか)に説法のようで恐縮だが、今回は料理の通し方の話。
そもそも団体客が主流の宴会では、乾杯が終わると同時に、一斉に料理提供が始まる。30年前の大型観光旅館では、400名~500名といった宴会も珍しくなかった。畳敷きの大宴会場にあらかじめ前菜や鍋などをのせた御膳を何列も並べ、列ごとに割り振られた担当係が脇取りにのせた後出し料理を上座から順に提供していく。
「温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに」という料理提供の心得も、乾杯後、すぐに、ビール片手に酌に回ってしまう宴会客には届かない。顧客らが酒を酌み交わしているうちに温かい料理は冷め、冷たく冷やした料理は生ぬるくなり、料理の価値は時間とともに半減していく。団体客全盛の頃は宴会料理とはそういうものだと顧客も、料理を提供する旅館も認識し、容認していた。箸が付けられていない料理があっても担当係は後出し料理をせっせと運び、御膳の隅に押し込むようにのせていったものである。
そこには、各担当係が顧客の箸の進み具合や酒量から次の料理を提供するタイミングをはかり、その都度、厨房に料理を通すといったオペレーションは存在しない。担当係は、厨房から一斉に出てくる料理を担当の数分だけ脇取りにのせ、適切に提供できれば、それで十分。特別な接客スキルは求められない。
一方、高単価客を対象に一品ずつ料理を提供するような料亭では、勝手もだいぶ違ってくる。
例えば、厨房への料理の通し方にしても「次に提供する料理」を絶妙のタイミングで厨房から受け取るためには、料理の調理時間を把握した上で、提供予定時刻から通し時刻を逆算するなど頭をフル回転させる必要がある。
また、厨房が混み合っていたり、手間のかかる料理が入っていたりした場合は、自分の担当分だけではなく、他の係に声掛けをして「同じ料理はまとめて通す」のが料理をスムーズに受け取るコツでもある。作り手にしてもさみだれ式に料理を通されるよりは、まとめてもらった方が作業効率は上がる。
「同じ料理はまとめて通す」というルールは、自然と担当以外の卓について気に掛けるような雰囲気を生み出し、声掛けのある活気ある現場へと変貌させてくれる。
また、一品出しの個室料亭での接客係の担当卓数は、通常、1人で2卓もしくは2人で5卓である。1人で2卓を担当する際は、「1卓の段取り」を2回繰り返すのではなく、時間差の2卓を一つとして段取りを組むのがサービスをスムーズに提供するための秘訣である。A卓の接客中でも、頭の中はB卓の段取りを考えているといった具合だ。
以上のように料亭での料理通しは複雑かつ多層的で難しい。だが、難しいからこそ面白いのである。